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更新日:2022.08.08 / 掲載日:2022.08.02

【ランボルギーニ カウンタック】伝説の名車が復活した理由

文と写真●大音安弘

 あなたが熱心なクルマ好きではなかったとしても、一度は「カウンタック」という名を耳にしたことがあるのではないだろうか。70年代に発売されたイタリアのスーパーカーだが、70年代後半から80年代初頭の日本で巻き起こったスーパーカーブームの主役のひとりであり、当時のちびっ子たちにとってはアイドル的存在であった。これが抜群の知名度を持つ理由だ。その誕生から50周年を迎えた2021年8月、カウンタックの復活が発表され、大きな話題となった。まずはカウンタックの歴史を簡単に振り返ることにしよう。

ランボルギーニとカウンタックの歴史

 カウンタックを送り出したランボルギーニ社は、イタリアの実業家、フェルッチオ・ランボルギーニが、1963年に創業した自動車メーカーである。彼は大のクルマ好きであり、優秀なエンジニアでもあった。軍用トラックの放出品を民生用に改造して販売したことが成功し、トラクターやボイラー、エアコンの製造販売で財を成した。そんなランボルギーニが自動車ビジネスに進出したきっかけは、愛車のフェラーリにあると言われる。そのエピソードとは、ランボルギーニが、愛車のフェラーリに抱いた不満を改善点として手紙に認め、フェラーリ社の創業者、エンツォ・フェラーリに送ったが、全く相手にされなかった。それがランボルギーニを刺激し、フェラーリを敵対視するスポーツカーブランドを生み出すきっかけになったというもの。しかし、それはすべてが事実ではない。たしかに、ランボルギーニ自身、フェラーリへ手紙を送ったことは事実のようだが、フェラーリから非礼があったというのは、その伝説を盛り上げるために生まれたフィクションのようだ。当時の高価なスポーツカーのユーザーであったランボルギーニは、技術者と経営者の二つの視点から、収益性の高さに注目し、ビジネスとしての可能性を見出したのである。もちろん、技術者やひとりのクルマ好きとして、理想とするクルマを世に送り出したいという夢もあったかもしれない。そして、ランボルギーニ社は、魅力的かつ高性能なクルマを世に送り出していくことになる。カウンタックは、そんなランボルギーニ社が送り出した初期のモデルのひとつであり、1971年3月のスイス・ジュネーヴモーターショーで初公開され、大反響を呼んだ。地を這うように低いシルエット、空に舞い上がるように開くシザードア、V12気筒エンジンを縦置きしたミッドシップレイアウトなどの特徴は、後のランボルギーニフラッグシップモデルの基礎となった。1974年より量産化がスタートしているが、驚くべきことに幾度もの改良が加えられたとはいえ、16年もの長きに渡り、現役であったことだろう。このロングセラーであったことは、多くの人を魅了し続けたカリスマ性の高い一台だったことを物語る。その人気の高さを裏付けるように、1979年公開の松田優作主演による邦画「蘇る金狼」や1981年公開のカーアクション洋画「キャノンボール」など、スクリーンでも主役や名脇役として活躍。さらに近年では、梅澤春人のコミック「カウンタック」の題材にもなった。

50年の時を超えて復活したカウンタック

Lamborghini Countach LPI800-4

 復活を果たしたカウンタックは、「Lamborghini Countach LPI800-4」と名付けられた。日本では「カウンタック」と呼ばれているが、実は正式名称は「クンタッチ」が正解。そう呼ばれるようになった理由は定かではないが、いつしか日本特有の呼び方が定着した。これも日本とカウンタックの結びつきの強さを感じさせるところだ。新型クンタッチの基本設計は、現在のランボルギーニのフラッグシップモデル「アヴェンタドール」をベースにしているが、パワーユニットは、同じく「アヴェンタドール」ベースに開発された限定車「シアンFKP37」用の6.5LV12気筒エンジンと電気モーターを組み合わせたハイブリッドユニットが搭載されているのも大きな特徴。その車名の数字が示すように、最高出力は800馬力を上回る。これはアヴェンタドールだけでなく、シアンFKP37を凌ぐものであり、伝説の名車に相応しいスペックといえよう。内外装デザインは、カウンタックのモチーフが積極的に取り入れられており、その完成の為にデザインを手掛けたランボルギーニのデザイントップであるミィティア・ボルケルトは、オリジナルが展示されるランボルギーニミュージアムに通い詰めたという。

 そんなランボルギーニの最高潮ともいうべき、「Lamborghini Countach LPI800-4」が2022年6月24日、日本初公開された。都内で行われた展示会には、多くの報道陣が詰めかけたが、その中には、かつてのスーパーカーブームに心を躍らせた元少年も多く含まれていたに違いない。私自身も、現代に蘇ったカウンタックとの対面を楽しみにしていた。展示エリアには、贅沢にも初代モデルである「カウンタック5000クワトロバルボーレ」と並べて展示され、50年の時を超えた2台の「クンタッチ」と対面することが出来た。低いシルエットとスクエアなデザイン、ボディサイドのNACAダクト、八の字デザインのテールエンド、低い位置に配置された4本出しのマフラーなどは、オリジナルとの共通性を感じさせるテイストだ。残念ながら、特徴であるリトラクタブルヘッドライトは、法規制の為に不採用であるが、四角いヘッドライトデザインが、カウンタックらしさを演出している。最新のド派手なデザインのスーパーカーたちに比べ、シックに纏められている点も好感が持てる。800馬力越えのスペックが示すように、ランボルギーニ市販車の最高潮と言っても良い。しかし、どちらのクンタッチに惹かれるかと言えば、断然、オリジナルだ。きっと、それは未完成が故の魅力なのではないだろうか。カウンタックが生まれた時代は、まだ自動車設計もアナログ。デザインの制約も少なく、デザイナーや設計者の理想が追求されていた。当時、謳われた最高速300km/hの公称値も、最終型である「25thアニバーサリー」さえ突破できなかった。しかし、その謳い文句に、多くの人たちが惹かれたのも事実だ。今でこそ、300km/hの壁は、スーパーカーの標準スペックといえるが、当時は市販車が、レーシングカー並みの最高速を出すことは大きな挑戦であった。そんな夢も性能のひとつだったのだ。新たに送り出された「Lamborghini Countach LPI800-4」は、かつてカウンタックが描いた夢の延長を描いたクルマといえよう。素晴らしいクルマであるが、やはりハートの部分は、カウンタックには敵わない。しかし、その感覚こそが、現在のランボルギーニマンたちからのカウンタックへの敬意の表れなのだろうと私は思う。

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大音安弘(おおと やすひろ)

ライタープロフィール

大音安弘(おおと やすひろ)

1980年生まれ。埼玉県出身。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者に転身。現在はフリーランスの自動車ライターとして、自動車雑誌やWEBを中心に執筆を行う。歴代の愛車は全てMT車という大のMT好き。

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1980年生まれ。埼玉県出身。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者に転身。現在はフリーランスの自動車ライターとして、自動車雑誌やWEBを中心に執筆を行う。歴代の愛車は全てMT車という大のMT好き。

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