新車試乗レポート
更新日:2020.08.26 / 掲載日:2020.08.21
【試乗レポート 日産 キックス】実用性にモーター駆動の先進性を掛け合わせたニューカマー
日産 キックス
文●工藤貴宏 写真●ユニット・コンパス
いま、日本の新車市場でもっとも旬なマーケットがコンパクトクロスオーバーSUVだ。ホンダ「ヴェゼル」やトヨタ「C-HR」という定番モデルに加え、昨年秋に発売されたトヨタ「ライズ」は大ヒット街道を爆走中。そしてトヨタからはもうすぐ「ヤリスクロス」が発売される予定になっていて、こちらも人気爆発間違いなしとの呼び声が高い。そららの人気モデルがけん引し、マーケットが拡大し続けているのだ。
そんななか、日産から発売されたのが「キックス」という新規モデル。なんと、登録車としては約10年ぶりの新車種である。6月の終わりに発売され、その後1ヵ月での初期受注は1万台とスタートダッシュは良好。変革期の日産に明るい話題をもたらした。
ただ、こう考える人もいるに違いない。「このクラスの日産車といえば『ジューク』でしょ。ジュークの新型はどうした?」と。
状況を説明すると、ジュークは欧州では新型に切り替わっている。しかし、現時点では日本への導入予定はない。その理由は、日本におけるコンパクトクロスオーバーSUVのニーズの変化だ。
このクラスは日本でも当初は実用性よりも個性が求められ、その波に乗って初代ジュークは大ブレーク。クーペのような考え方のC-HRも売れまくった。しかし次第に、マーケットは実用性方向へシフト。後席と荷室が広いヴェゼルをはじめ、ライズなど使い勝手のいいクルマが好まれるのが現状だ。しかし、ジュークはフルモデルチェンジで室内が拡大した2代目でも、自慢できるほどの居住性や積載性があるわけではない。そんな背景から、新型ジュークではなくニューカマーのキックスが国内導入となったわけだ。
ちなみにかつて日産からは「キックス」という小さなSUVが販売されていたこともあったが、それが英文字表示だと「KIX」。今回の新型車は「KICKS」なので、別のクルマと解釈するのが正解だ。
実用性を重視したパッケージングを採用
実用的な室内スペースとラゲッジ容量はファミリーユースにもマッチする
というわけで、キックスの自慢は実用的なスペースである。たとえば後席のニースペースはクラストップを誇るヴェゼルに僅差で負けているものの、このクラスとしては望外の広さを実感できる。ファミリー層など後席を重視するユーザーにとっては魅力的なパッケージングのコンパクトSUVになっている。
座面を連続して編まれたマットスプリングと高密度スプリングで支えるマットスプリングタイプのシート構造を採用
後席は足もとスペースにもゆとりがあり、大人でも十分快適
ライバルよりも広いクラスNo.1のラゲッジルーム
ラゲッジと段差が生まれるものの、標準状態で432Lという広さはライバルを突き放す
そのうえ、ラゲッジスペースは432Lとクラストップ。2番手のヴェゼルが393L、C-HRが318L、そして初代ジュークが251Lと聞けば、いかにリードしているか想像できるだろう。特大サイズのスーツケースを2個、9インチゴルフバッグなら3個積める。後席や荷室の広さといったユーティリティでは、キックスはこのクラスのSUVでトップを走っているということだ。クルマに何を求めるかは人それぞれだが、キックスは実用性においてライバルに対するアドバンテージが高いのは間違いない。
日本導入にあたりデザインを大幅に改良
開発陣がかなりこだわったというヘッドライトは全車LEDが標準
そんなキックスだが、詳しい人は「海外では2016年から販売しているクルマでしょ」と思うかもしれない。それは事実なのだが、実は日本で発売するにあたり大規模なマイナーチェンジを施している(発表はタイのほうが早かったが発売は日本のほうが先だ)。もっとも分かりやすいのはスタイルで、目つき(ヘッドライト)が細くなり、フロントグリルが大きくなった顔つきで、シャープになると同時に質感も高まった。
パワートレインは「e-POWER」一本で勝負
1.2Lエンジンは発電機に徹し、モーターで駆動する「e-POWER」
いっぽうで、メカニズムにおける注目は「e-POWER(イーパワー)」と呼ぶハイブリッドシステムの新搭載。そして、日本におけるパワートレインは通常のエンジン仕様がなくe-POWERのみという日産でも初めてのチャレンジに挑戦している。車両価格が高く感じられるのもそのためだが、思い切った勝負に出たことは評価したい(けれど安価な価格設定のガソリン車があればさらにいいとも思うが)。
e-POWERはエンジン(排気量1.2L)が発電機に徹し、駆動力はモーターで発生するのが特徴。考え方はホンダのe:HEV(ヴェゼルのハイブリッドシステムとは異なる)に近いが、ホンダ式は高速域で効率を求めてエンジンのパワーを駆動力に使う状況があり、そのため機構がより複雑になりそのぶんコストがかかる。いっぽうe-POWERは構造がシンプルなのが特徴だ。
そんなe-POWERの最大の魅力は、滑らかでシャープな加速感。電気自動車を運転した経験がある人は、そのスムーズさに驚いたことだろう。モーターだけで駆動するe-POWERはそれと同様に、モーターならではの加速が爽快だ。一般的なガソリン車から乗り換えると、ディーゼル機関車からリニアモーターカーに乗り換えたくらい雑味のとれた感覚を感じることだろう。アクセル操作に対する反応も鋭いし、なにより加速の伸びがシャープだ。最大トルクが260Nmと自然吸気ガソリンエンジンでいえば排気量2.5L車並みだから加速力も充分で、なかでも停止状態からのダッシュなど街中領域での力強さも特筆すべき長所。いちどe-POWERを味わうと、普通のガソリン車に戻れなくなるという声も素直に納得できる。
「e-POWER」の制御が進化し、静粛性がアップ
エンジンの存在をできるだけ感じさせないよう制御を工夫したことで静粛性が大幅に向上した
実際に乗ってみると、従来からの美点である心地いいに加速感に加えて、従来のe-POWER車に比べてエンジン音が静かになっていることにも気が付いた。ノートやセレナは発電量重視の制御で低速走行中でも突然エンジンがかかり、しかも回転数が高めとなりノイジーに感じることも多々あった。しかしキックスでは制御の考え方を変え、車速を重視。低速域ではできるだけ発電をしないこと、また車速に応じてエンジン回転数に変化をつける(低速域では回転数を高めない)ことでエンジンを静かにし、存在感を消しているのだ。乗ってみると違いは明らかで、快適性は大きく高まっている。
実は、こういったモーターならではの加速感を味わえるハイブリッドシステムを搭載しているのは、このクラスではキックスだけ。この加速感に惚れてキックスを選ぶのもアリだろう。
現時点ではFFのみ。4WDは今後の追加に期待
最低地上高のあるSUVは悪路だけでなく雪道も得意。4WDの登場が待たれる
ところで、プラットフォームはノートと共通。しかしながら4WDも用意されているノートのe-POWERとは異なりキックスの駆動方式はFFのみだ。「SUVだから4WDを用意すべき」とは思わないが、いっぽうで降雪地域のユーザーにとっては4WDがあれば心強いはずだし購入の背中を押すポイントとなることだろう。開発者によると「メカニズム的なハードルは無い」というから、今後の市場からの声次第では追加される可能性もゼロではないので期待したい。
いまどきのファミリーカーとして高水準な仕上がり、一方で質感に不満も
実用性の高いコンパクトSUVとして価値を見せるキックス。だからこそ室内の質感にもこだわってもらいたい
パッケージングは実用的で加速も爽快、燃費だっていい。そんなキックスは、ファミリーユーザーにとって魅力的なコンパクトクロスオーバーSUVである。
蛇足ながら最後にひとつ、日産にお願いしたいことがある。より魅力的なクルマとするには今後の改良でインテリアのクオリティが高まることを望みたいのだ。内装の仕立ての良さで買いたくなるほどのマツダ「CX-30」のレベル(クラスは違うが価格帯は一部被る)……とまでは望みすぎだとしても、200万円台後半という車両価格(決して安い買い物ではない)に見合う満足感は望んでもわがままや贅沢ではないだろう。そこさえ磨けば、さらに魅力的なクルマになること間違いないのだから。「ハイブリッド専用車だからその価格でも高くない」というのは、理由にはならないと思う。
日産 キックス Xツートンインテリアエディション(電気的CVT)
■全長×全幅×全高:4290×1760×1610mm
■ホイールベース:2620mm
■トレッド前/後:1520/1535mm
■車両重量:1350kg
■エンジン:直3DOHC+モーター
■総排気量:1198cc
■モーター最高出力:129ps/4000-8992rpm
■モーター最大トルク:26.5kgm/500-3008rpm
■サスペンション前/後:ストラット/トーションビーム
■ブレーキ前/後:Vディスク/ディスク
■タイヤ前後:205/55R17