車の最新技術
更新日:2021.05.24 / 掲載日:2021.05.21
ホンダ電動化の鍵を握るe:HEVを解説する【石井昌道の自動車テクノロジー最前線 第7回】
文●石井昌道 写真●ホンダ
Hondaにとって国内の登録車販売(軽自動車以外の乗用車)の重要なモデルであるヴェゼルがフルモデルチェンジを受けた。受注は好調のようで2ヶ月で約3万台。デザインや自社開発ながら高品質なカーオーディオ、サブスクのコネクテッドサービスであるHonda Total Care プレミアムなど話題は多いが、ハードウエアでの注目はハイブリッドシステムが先代のi-DCDからe:HEVへと換装されたことだ。ヴェゼルにはリーズナブルなエンジン車も用意されているが、受注した約3万台のうち93%がe:HEVのハイブリッドカーだという。
Hondaはこれまで多くのハイブリッドシステムを開発し世に送り出してきたが、現在ではe:HEVに集約されつつあり、これからの乗用車のメインストリームであり、スタンダードにもなるだろう。
ローマ字が並ぶシステム名では、その内容がわかりづらいと思われるので、今回はHondaのハイブリッドシステムの歴史を振り返るとともに解説していきたい。
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ホンダ電動化の道のりを振り返る
ホンダ初の市販ハイブリッドカーとなった初代インサイト。IMAと呼ばれるハイブリッドシステムを搭載
最初のハイブリッドカーは1997年に発売した初代インサイトで、IMA(Integrated Motor Assist System)と呼ばれるシステムを搭載していた。IMAはエンジンとトランスミッション(CVTかMT)の間にモーターを挟み込んだ極めてシンプルな構成で、それらを切り離すクラッチなどはなく、常に一緒に回っているため、EV走行はエンジンへの燃料供給を休止したときだけの限られた範囲だった。アイドリングストップはするが、発進時にはエンジン始動しなくてはならない。
また、モーターやバッテリーは軽量コンパクトで、エンジンが主体で電気側はあくまでアシスト。そのため、トヨタのTHS(TOYOTA Hybrid System)などに比べると燃費効率は高くなかった。しかしながら、エンジンを低燃費志向にすると苦手になる低回転域のトルクをモーターが補うことなどで、それなりに燃費改善が図れ、しかも低コストで汎用性が高いとあってコンパクトカーを中心に長きにわたって使われてきた。
IMAの後を継いだのがi-DCD(Intelligent Dual Clutch Drive)だ。DCT(Dual Clutch Transmission)にモーターが内蔵され、エンジンとは切り離されているのがIMAとは違う。EV走行の範囲が広くなり、燃費改善効果が上がるとともに、ハイブリッドカーとしては珍しいDCTによってスポーティな性格もあわせもっていた。最初に搭載されたのは2013年9月発売の3代目フィット。現在はe:HEVに切り替わりつつあるが、フリード、シャトルにまだ残されている。
3代目フィットに初搭載されたSPORT HYBRID i-DCD
i-MMDは名称をe:HEVと変えさらに進化を続ける
アコードハイブリッド(2013年)に搭載されたSPORT HYBRID i-MMD 2.0L DOHC i-VTEC Atkinson Cycle Engine
e:HEVという呼び名は2020年発売の4代目フィットから始まり、それ以前はi-MMD(Intelligent Multi Mode Drive)と呼ばれていた。優れたシステムだけれどi-MMDではイメージが伝わりづらいという声に応えた変更であり、ハイブリッドカーを意味するHEVに電気の「e」を付け加えて、電気感の強いハイブリッドカーだという意味合いを持たせている。
最初に登場したのは2013年1月の北米アコードで、日本では同年6月のアコードハイブリッドから。IMAは一時代を築いたが、さらなる燃費効率向上が必要と判断し、コンパクトカー用はi-DCDに任せつつ、もっと大きなモデルには世界最高効率を目指したi-MMDが開発された。
特徴は駆動用と発電用の2つのモーターを持つこと。駆動用は駆動軸と直結、発電用はエンジンと直結されていて、THSのように動力ミックスは行わないのでシンプルな構造となっている。走行時の多くはエンジンが発電した電力で駆動用モーターを回すハイブリッドドライブモード、バッテリーに十分な電力がある場合はエンジンを止めたEVドライブモードとなり、ここまでは日産e-POWERと同様のシリーズ式ハイブリッドだが、e:HEVにはクラッチによってエンジンと駆動軸が繋がるエンジンドライブモードがある。概ね70km/h以上の低負荷走行時にエンジンドライブモードとなるが、その狙いは効率向上。モーターは高回転・高速域になるにつれて効率が落ちてきて、その領域ではエンジンのほうが上回るのだ。
このモードで走行しているとき、エンジンが直接駆動しているだけではなく、トルクが余剰だと判断すればそれで発電し、トルクが足りないとバッテリーの電力でアシストしたりもする。実際に、高速道路を巡航していると、エンジンドライブモードで走りながら、余剰トルクによる発電でバッテリーの電力が貯まってくるとEVドライブモードに切り替わり、これを繰り返しながら走っていく。例えばACC(アダプティブクルーズコントロール)を100km/hに設定して走らせると、よほどきつい登り勾配以外ではほとんどハイブリッドドライブモードにはならない。たしかに燃費改善効果が高そうだ。
アクセルを踏み込んで強く加速させようとすると、モーター駆動のほうがトルクが大きいのでハイブリッドドライブモードに切り替わる。
モーターとエンジンの得意・不得意を見極めていいとこ取りをしたのが世界最高効率を謳う根拠だ。
もともとはアコードなどの大型車用だったが、コンパクト化に成功してフィットなどにも搭載されるようになった。フリードもフルモデルチェンジのときには換装されるだろう。シャトルは次期モデルがあるのかどうか不明だ。
制御的にも日々進化していて、初期の頃は一定以上の加速を求めるとエンジン回転数が高まって車速があとからついてくるようなラバーバンドフィールが見受けられた。2018年の北米アコードからは中間加速まではエンジン回転数が高まりすぎないように制御されリニアになったが、全開に近い急加速ではまだラバーバンドフィールが残った。そして2020年のフィットでは全開加速時まで全域でリニア感を出すために、リニアシフトコントロールという制御が採用された。
これは、あたかも有段ギアのように擬似的なシフトアップをするもので、たしかにエンジン回転数の高まりと加速感がリニアで気持ちいい。擬似的ではあるものの、有段ギアよりも小気味いいぐらいなのだが、それはエンジンと駆動軸が直接繋がっていないからこそ、要求加速に対して常に最適なレシオを選択できる自由度の高さがあるからだ。
また、たとえばあえてシフトショックを出す、逆にスムーズにするなど、自由自在に制御をかえられるから、クルマのキャラクターに合わせて造り込むことができる。燃費効率が高いだけではなく、走りが上質でスポーティでもあるのがe:HEVなのだ。
ヤリス ハイブリッドとフィット e:HEVを比べるとWLTCモード燃費は前者が36.0km/L、後者が29.4km/Lと少なからず差を付けられていて本当に世界最高効率なのかと疑いたくなるが、ヤリスは全長3940×全幅1695×全高1500mmでフィットの3995×1695×1515mmとボディサイズがひとまわり小さく、車両重量が90kgも軽いので直接の比較対象にはならないだろう。
ヴェゼル e:HEVは、これまでフィットにしかなかったリニアシフトコントロールと、アコードにしかなかったスポーツモードの両方を採用した最新バージョン。シャシーの進化も相まって、格上のCセグメントSUVともいい勝負をするほど上質に仕上がっている。
e:HEVは2モーターとも呼ばれる。IMAとi-DCDは1モーター、またNSXとレジェンドのSH-AWDは3モーター。合計4つものハイブリッドシステムを市販してきたわけだが、おそらく1モーターはなくなり、ハンドリング向上のための特殊な3モーターは少量ながらしばらく存在するだろうが、大部分のホンダ車が2モーターのe:HEVとなるだろう。自分はフィット e:HEVをレーシングカーにしてサーキットを走らせていて、興味深い話がたくさんあるのだが、それは次回に詳しく解説していきたい。
新型ヴェゼルが搭載するe:HEVは最新バージョンへと進化し、制御技術もさらに洗練された
執筆者プロフィール:石井昌道(いしい まさみち)
自動車ジャーナリストの石井昌道氏
自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。
【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】は週刊連載です。次回のテーマは「e:HEVをレーシングカーにしてわかったこと」です。どうぞお楽しみに!