オートサロン
更新日:2024.01.21 / 掲載日:2024.01.19
アジアのための東京オートサロン【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
文●池田直渡 写真●トヨタ、川崎泰輝
1月12日から14日。幕張メッセで東京オートサロンが開催された。いきなり昔話から始めれば、元を糺せばオートサロンは雑誌『オプション』のイベントで、巷のチューニングショップが一同に会して、コンプリートカーと部品を展示するビジネスイベントだった。しかしこの10年ほど、そこに自動車メーカーが合流して、自動車のお祭りの要素が強まっている。
プレスデーの12日に登場したトヨタ自動車の豊田章男会長も「オートサロンは、クルマ好きが、クルマを囲んで笑顔に包まれるお祭りです」と発言しているあたりからもその流れは伺えるだろう。
重要なトピックなので触れておけば、この場で豊田会長は以下の様な発言をした。
“台湾、フィリピン、タイでクルマのお祭りをやってもらいました。
フィリピンとタイには私自身も行ってまいりましたが、とにかく現地はクルマに対する想いが熱い!
どの国にも、自動車産業への期待があるのではないかと思います。
その期待があるからこそ、あの熱さがある…
一方、日本では期待どころか「この産業を衰退させたいんじゃないか」と思えるようなことばかり言われている気がします。
カーボンニュートラルの山の登り方は国や地域によって違います。
ただ、共通して必要なのは「クルマへの想い」なんじゃないでしょうか?”
〜中略〜
“550万人の中にはエンジンの部品を作っている仲間たちもたくさんいます。
日本を支え、これからの日本を強くしていく技を持った人たちです。
この人たちを失ってはいけません。
ですが、エンジンに携わる人たちは、最近、銀行からお金を貸してもらえないこともあるそうです。
そんなこと、絶対にあってはならない…、なんとかしていきたいと思いました。
そこで、モリゾウは、トヨタに、あるお願いをしました。
カーボンニュートラルに向けた現実的な手段として、エンジンにはまだまだ役割がある!
だから、エンジン技術にもっと磨きをかけよう!そういうプロジェクトを立ち上げよう!
佐藤社長以下、経営メンバーたちも、その提案に共感してくれて、新たにエンジン開発を進めていくプロジェクトが、トヨタの中で動き出しました。
この時代にエンジン?逆行しているように聞こえるかもしれませんが、決して、そんなことはありません。
未来にむけて必要なんです。
エンジンを作ってきた皆さん、エンジンを作り続けましょう!
これからもみんなの力が必要なんです!今までやってきたあなた達の仕事を絶対に無駄にはしない!”
会場では、この豊田会長のエンジン開発プロジェクトの立ち上げ宣言は、喝采をもって迎えられた。
したたかな豊田会長は「オートサロンはクルマ好きのホーム」と捉え、発言が好意的に受け止められることを読んだ上で、ここでその発表をしたのだと思う。しかし、実は筆者が思うポイントはそこではない。なぜここでフィリピンとタイの話が出たのかというところに本当の意図があると思うのだ。
この連載でも度々触れてきたが、ASEANマーケットは今、日本の自動車メーカーと中国メーカーの仁義なき戦いが繰り広げられている。そこで中国にはなく日本がもっている大事な財産は自動車文化なのだと思う。
かねてから「日本には欧州の様な自動車文化がない」という言説は多かったが、実はそんなことはない。このオートサロンに集う人々が、新しい自動車の楽しみ方やスタイルトレンドを作ろうとしたり、人生を賭けて高性能チューニングに挑んでいることそのものが日本の自動車文化である。
そういう視点に立つと自動車メーカーが送り出しているものはプロダクツに過ぎず、文化は薬にしたくともない。それがあるのがこのオートサロンであり、ASEAN各国の人々にとって、まだ手の届かない夢の世界でもある。
ジャパンモビリティショーやドイツのIAAモビリティショーに意味がないと言うつもりはないが、どちらもメーカー主導。プロダクツは商品であって文化ではない。もちろんそこにも未来へ向けた多くの提案はあるのだが、むしろ文化とは広く人々、いわば大衆の中にあるものだ。世界のモーターショーを見渡して見ると、そういう文化が内包されているショーはフランスのレトロ・モビルくらいのものなのではないだろうか。
もちろんフランスの自動車文化と日本のそれは違う。しかし、自動車好きな人たちが日々の生活の中で積み上げてきたものの集大成という意味で、多分レトロ・モビルとオートサロンは同じ土壌に根ざしていると感じるのである。
さて、熾烈さを増していくASEANの戦いに対して、日本の大きなアドバンテージでもあるオートサロンの文化。それは自動車メーカー各社にとって、得難いコンテンツであり、そこで繰り広げられる多様で深い日本の自動車文化を感じてもらうことこそが、ASEANの未来に大きな変化を与えられるのではないかと思う。今や日本の自動車文化は世界で戦う自動車産業にとって大きな武器となっているのだ。