車の歴史
更新日:2025.09.15 / 掲載日:2025.09.14
日本を代表するスーパースポーツ、ホンダNSX【名車の生い立ち#17】

2025年9月14日、ホンダ NSXが発売されてからちょうど35年を迎えました。スポーツカーブーム真っ盛りの時代に生まれ、ミッドシップレイアウトという本格的な設計を持つNSXは、名実ともに国産スポーツカーの頂点に位置する存在でした。そこで今回は、NSXの誕生秘話とその歴史に注目してみましょう。
1985年、「Honda Sport」プロジェクトがスタート

1980年代、日本はまだスポーツカー先進国とはいえませんでした。当時世界の最先端といえば、イタリアのフェラーリ308や328などのミッドシップスポーツ、それをベースにしたフェラーリ288GTOやF40のようなハイパフォーマンスを捻り出すスーパースポーツたち。対するドイツにはポルシェ911ターボ、イギリスにはロータス、ジャガーなどの名門ブランドが揃います。一方、日本では身近なスポーティカーは豊富にあるものの、海外のスポーツカーに本気でぶつかれるモデルは残念ながらありませんでした。

そんな状況を憂いたのがホンダ。当時のホンダはFFのコンパクトなスポーツモデルを得意としていましたが、秘密裏に本格的なミッドシップエンジン・リアドライブのスポーツカーを研究をしていたのです。そして1985年6月、FF車では実現できないハンドリングを持つスポーツカー「Honda Sports」プロジェクトが始動しました。それは1989年、シカゴオートショーで日の目を見ることに。「NS-X」と呼ばれるスポーツカーのプロトタイプがお披露目されたのです。NSは「New Sport」の頭文字、Xは究極を意味しています。ロー&ワイド、ショートノーズのプロポーションはどこから見てもスーパーカーそのもの。ファンたちはその精悍な姿に心を躍らせました。
スポーツカーブームの波に乗り「NSX」デビュー

年号が平成に変わり、新しい時代を迎えた1990年。日本ではバブル経済の崩壊、世界では湾岸戦争の勃発や東西ドイツの統合など激動の幕開けでした。しかし、クルマの世界では前年に日産 スカイラインGT-Rの復活やユーノスロードスターの発表など、令和に至る現在まで高い人気を誇るスポーツカーが続々と発表された時期。そんなビッグウェーブに乗るかのごとく、1990年9月13日ホンダ NSXが発表され、その翌日から販売が開始されました。

見た目はシカゴで公開されたプロトタイプからほとんど変わらず、全長4430mm、全幅1810mm、全高1170mmという大きさ。これは、当時のライバルであるフェラーリ348tsよりも全長が200mmほど長く、全幅が80mm狭い。とはいえ、ミッドシップレイアウトのスーパーカーらしい流麗なフォルムは、ほかの日本車とは一線を画する佇まい。リトラクタブル式のヘッドライトによるコンパクトな扁平ノーズ、高曲率大型ラウンドガラスなど空力性能を追求したデザインは欧州スーパースポーツと比べても引けを取らない存在感を放っていました。

また、NSXの最大の特徴はなんといってもオールアルミ製のモノコックボディ。ホワイトボディ重量はわずか210kgと、スチールボディと比べて140kg、総重量でも約200kgもの軽量化を実現しました。軽さというのは、スポーツカーにとって何よりも強力な武器。そんなボディを引っ張るのが、強力なパワートレインです。プロトタイプではレジェンドの2.8L V6 SOHCが搭載されましたが、市販モデルは3.0L V6 DOHC VTECを搭載。8000回転まで回る超高回転型のエンジンはいかにもホンダらしい設計で、最高出力は当時の自主規制枠いっぱいの280馬力、最大トルクは30.0kgmを達成しました。

これに組み合わされるのは、40mmという超ショートストロークのシフトチェンジを可能とした5速MTに加え、新開発の4速AT。足まわりは前後ダブルウィッシュボーン式サスペンションを採用し、トラクションコントロールなどの電子デバイスもしっかりと完備。まさに90年代という新時代に相応しい国産スーパーカーが産声を上げたのでした。ちなみに発売時の新車価格は800万3000円(東京地区・5速MT)。当時の日産 スカイライン GT-Rの新車が445万円だったことを考えると、ほぼ倍額。いかに高嶺の花だったのか伺い知れます。
さらなるホンキ仕様「タイプR」を追加

NSXの主要諸元を見ると、だれもがこれ以上を望まぬハイスペックなのはすぐ理解できました。しかし、ホンダだけは違ったのです。公道を走るロードカーとして発売する以上、ある程度の快適性は担保しなくてはいけません。ところがホンダの研究所のなかでは、快適性を限界まで削ぎ落として運動性能を高めた究極のスポーツカーを作りたい……そんな声が上がっていました。そして1992年11月に発売されたのが、NSX タイプRだったのです。
今ではホンダの高性能スポーツの称号として知られる「タイプR」ですが、その原点はこのNSX。派手なエアロをまとうことなく、一見すると標準のNSXとあまり違いを感じません。しかし中身は別物でした。重心を車体の中央へ、そしてさらに下げるべく大幅な軽量化が加えられました。具体的にはバンパービームやドアビームのアルミ化、エンジンメンテナンスリッドのアルミメッシュ化、レカロ社と共同開発による超軽量フルバケットシートやENKEI製超軽量アルミホイールなど専用パーツの作用など、数十項目にわたりグラム単位の計量が施されたのです。

足まわりは、ダンパーとスプリングの強化はもちろん、アルミパイプ補強によるボディ剛性の向上、LSDプリセット荷重の増加、専用ラジアルタイヤやベンチレーション機能を高めた4輪ベンチレーテッドディスクを採用。エンジンは、クランクシャフトのバランス取りやピストン/コンロッドの重量制度の向上、ファイナルギアレシオを4.3%下げるなど、多くの手が加えられました。970万7000円(東京地区)と高額なプライスでしたが、その中身は欧州の名だたるスポーツカーと比べても遜色のない性能を発揮したのです。
バリエーションを拡大していった初代NSX

その後NSXは改良を重ねながら、バリエーションも拡大していきました。1995年3月にはオープントップの「タイプT」を追加。これは8.5kgの脱着式オールアルミ製ルーフを採用し、オープンドライブを楽しめるモデル。脱着は左右のレバー操作で行い、取り外したルーフはリアキャノピー内に納めることができるというもの。気軽にオープンドライブ……とまではいかないものの、カジュアルに乗りたい人から人気のグレード。

1997年2月には、よりスポーティな走りが楽しめる「タイプS」と「タイプS ZERO」を設定。前者については、快適装備はそのままに約45kgの軽量化、専用サスペンションチューニング、専用デザインのステアリングやシフトノブを採用し、ワインディングでの走りをさらに楽しめるように設計。後者は、エアコンやオーディオなどの装備を排し、遮音シートを軽減するなどして96kgもの軽量化を実現。サスペンションはよりハードな設定とし、サーキット走行を前提としたモデルとしました。
さらに、「タイプS」シリーズの追加とともにベース車もマイナーチェンジ。排気量は3.0Lから3.2Lに拡大され、全回転域でのトルクをアップ。加速感と操る楽しさを実現したクロスレシオの6速MTの採用やブレーキローターの拡大、さらに新デザインのフロントアンダースカートの採用などその改良範囲は幅広く、NSXの魅力が一段と高まったのです。
固定式ヘッドライトを採用してイメージチェンジ

2001年12月、NSXは再びマイナーチェンジを受けました。改良の大きなトピックは、エクステリアの刷新。新デザインのプロジェクター式ディスチャージヘッドライト、前後バンパー、リアコンビランプを採用したこと。リトラクタブル式ヘッドライトが廃止されたことを残念に思うひとも少なくありませんでしたが、発売から10年以上経過してやや古さを感じるデザインのリフレッシュは好意的に受け止められました。

2002年5月には、マイナーチェンジしたNSXをベースとするNSX-R(タイプR)がデビューしました。ボンネットやリアスポイラーはカーボン製となったほか、フィン付きフロントアンダーカバーやリアディフューザーを採用することでマイナスリフトの空力性能を実現。エンジンはバランス取りが行われ、サスペンションやブレーキも大幅に強化。タイヤには専用開発されたブリヂストン・ポテンザRE070の採用するなど、まさに公道を走れるレーシングカーといえる内容でした。そして1990年から続いたNSXの集大成として、できる限りのことを詰め込んだ究極のスポーツカーとなったのです。
しかし、2005年末、燃費や排ガス規制への対応が難しくなったため、NSXは生産終了。15年に及ぶモデルライフを終えたました。
出るか出ないか、出ては消える次期NSXの噂

NSXが生産終了する以前から、次世代型NSXの噂は後を経ちませんでした。実際、ホンダもフラッグシップスポーツの可能性を模索しており、例えば2001年の東京モーターショーではハイブリッドのスポーツクーペ、ホンダ デュアルノートを出展。2003年の東京モーターショーでは、ミッドシップスポーツカーのホンダ HSCを発表したのです。しかしこれらはコンセプトカーに留まり、世に出ることがありませんでした。

そんな次期NSXが現実になると確信させたのは、2012年のデトロイトショーでのこと。車名はそのものずばり「ホンダ NSX コンセプト」が出展されたのです。デザインの完成度は過去のコンセプトカーと比べて現実的で、誰もが新型NSXの登場を予感しました。その後もコンセプトカーとして少しずつ改良を受け、2015年のデトロイトショーでは、ついに市販モデルとなる「アキュラ NSX」が登場。翌年には日本仕様の「ホンダ NSX」が公開されることになりました。
ハイブリッドで武装したハイテクスポーツカー、2代目NSX

2016年8月に発売された2代目NSXは、初代が提案した誰もが快適に操れる「人間中心のスーパースポーツ」というコンセプトを継承。それと同時に、ホンダが今まで培ってきたハイブリッド技術を惜しみなく投入し、新時代の走りを目指したのが大きな特徴といえます。

その核となるのが、3モーターハイブリッドシステムの「SPORT HYBRID SH-AWD」。これは507馬力の新開発V6ターボエンジン、モーター、9速デュアルクラッチ式トランスミッションを直結してドッキング。さらに前輪の左右には独立した2つのモーターを搭載して4輪を駆動するというハイテクなシステム。2つのモーターはTMU(ツインモーターユニット)と呼ばれ、トルクベクタリングによって思い通りのライントレースが可能になりました。

ボディも初代と同じくアルミを用いた軽量設計。具体的には、押出成形アルミ材を中心としたスペースフレームを採用し、軽さ、剛性、スペース効率、そして衝突安全性を高い次元で両立。空力性能を追求したエクステリアデザインと相まって、高性能スポーツらしいルックスと走りを実現しました。
なお、生産拠点は日本ではなく、米国オハイオ州に建設された専用工場が担当。ボディ製造から最終組み立てまで熟練の技術者が担当することで、ハイクオリティを実現したのも注目のポイントといえるでしょう。ただし、コストを惜しみなく投入した結果、発売時の新車価格は2370万円という高額なものに。ライバルである日産 GT-Rの2倍を超える価格ゆえ、本当に限られたコアファンのみにしか行き渡りませんでした。
シリーズ集大成「タイプS」を発売、そして生産終了へ

2021年8月、全世界350台限定のNSX タイプSがデビュー。日本にも30台が導入されました。デザインはリニューアルされ、よりアグレッシブな造形になったほか、エンジンの燃焼効率の向上、過給圧や冷却性能のアップを図った結果、エンジンの最高出力は507馬力から529馬力に向上。結果的にモーターも含めたシステムトータル出力が上がったほか、エンジンサウンドチューニングなども行われました。新車価格は2794万円と高額でしたが、NSXの集大成として価値あるものとなったのです。しかし、このタイプSの発売もって2代目NSXも生産終了に。ホンダのフラッグシップスポーツとしての役割を終えたのでした。
さて、ここで誰もが気になるのは3代目があるかということ。率直にお答えするならば、現段階で次期NSXを裏付けるたしかな情報はありません。ライバルの日産 GT-Rも先日最終モデルがラインオフし、その生涯を終えました。しかし、NSXのようなスーパースポーツはいつの時代も一定のニーズがあり、復活の可能性は決してゼロではありません。仮に次世代型があるとすれば、PHEV(プラグインハイブリッド)やBEV(バッテリー式電気自動車)になる可能性が高いと思われます。なかなか手にすることのできない高嶺の花ですが、自動車ファンに夢を与えてくれる未来のNSXに期待したいものです。