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更新日:2022.06.21 / 掲載日:2022.06.17
テスラ 快進撃の構造【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●テスラ
少々旧聞に属するが、テスラの2022年第1四半期決算で、利益率がほぼ20%に達したことが大きな話題になった。
自動車メーカーの決算で利益が10%を越えることは希で、一応教科書的正解は8%と言われている。けれどもまあ多くの会社はこれに届かない。優良可で表せば、5%を越えていれば「良」。3%を越えていれば「可」。それ以下は追試で、翌年以降「可」に戻れないと、株価に大きな影響が出るし、株主配当も減ったりする。
そういう相場観の中で、20%というのは、もう良い悪いの話ではなく、明らかに常識破りである。これが実力で維持できれば、業態そのものの破壊者で、まさに革命だ。
ではテスラはどうして、こんな成績を叩き出したのだろうか? それは稼働率の異様な高さに起因する。稼働率の説明は難しいので、ちょっと例え話にしてみる。
工場を建設するというのは、個人で言えば住宅ローンを抱えるようなものだ。4000万円のマンションを買って、向こう30年間ボーナスも均等割りにして12万円ずつ払う。
計画を立てた時は夫婦共働きで、奥さんは正社員で給与もボーナスもある。月に均して40万円。旦那は自動車評論家で、多少のデコボコはあるが月25万円。夫婦合算の65万円あれば何とかトントンでやっていけそう。
しかしそこで幸運にも稼働率が急増する。旦那が出した1800円の書籍が1万部売れて印税が200万円。12で割って月に約15万円相当になる。普段の原稿料と足すと旦那の稼ぎも奥さんと同じ40万円に。しかも、娘がYoutuberで当てて、こっちも月に40万円稼ぐように。
世帯収入が計画時の収入を大幅に上回った。ポイントはトントンを越えたプラス分は全部真水になることだ。計画時に40万円の1.5頭立て馬車くらいだった収入が3頭立てになったわけで、従来のペースだと毎月お金が55万円も余るのだ。これが高利益率状態。
現実の工場の話としては高額で長期払いの設備投資を、年あたりの計画生産台数で割る。台数×台当たり利益の積み上げが設備投資の年度割分を越えたら、そこからは丸々利益の増加に繋がるわけだ。だから稼働率の損益分岐点を超えたところでの数パーセントは大きな利益につながり利益率を押し上げる。だから利益が出る。それが稼働率のマジックだ。テスラは休日稼働も合わせて、稼働率が100%を越えている。

では逆転するとどうなるか、奥さんの会社の業績が急落。本給は減らないがボーナスが半減。年収が35万下がる。旦那は書籍の印税収入が終わり、年収が200万円下がる。娘の方もYoutubeのアルゴリズムの変更で、自分のお小遣いくらいしか稼げなくなり、ローンの当てにはできなくなった。当然、損益分岐台数を割り込んで、設備投資の年度割りに年間35万円足りなくなる。馬車の頭数立てが減ったら、赤字転落である。
クルマが売れなくなるか、もしくは工場を作りすぎるとこの状態が起きる。おそらく現状から15%くらい稼働率が落ちたら真っ赤っかな赤字になる。工場の稼働率とはそういうものである。
だがしかし、現在年産100万台の会社が50万台規模の工場を複数建設中である。このペースだと早晩需要を供給が上回る。普通に考えてそんなに遠い先ではない。世の中のプレミアムブランド。それはベンツやBMWだが、彼らはやはり200万台中盤で、300万台のラインをなかなか突破できない。その辺りがプレミアムブランドの販売台数の相場なのだ。
これまで書いて来た通り、供給が需要を上回ると、工場稼働率が下がる。しかも急激な設備投資を行っているので、オーバーシュートは大きくなりがちだ。多分15%どころではすまないだろう。
オーバーシュートだけでなく、質的問題もある。それだけのペースで設備投資を続けるということは、受注残が常習的に残っているので機会損失が大きい。それを逃したくないので、設備の設計は台数追求型になるだろう。そしてテスラが常々言っているのはフルオートメーション化である。
それのどこが問題かと言えば、減産に弱い工場になりがちだからだ。今、世界中の自動車メーカーがトライしているのはスケーラブル生産システムで、それはつまり生産台数を可変にする取り組みである。
変動費を生産量に応じて落とせる様に設計すること。ローンの支払い、つまり固定費の減価償却は、一度投資してからは変えられない。変えるとするなら、償却期間を延長する。ローンの組み替えみたいなものだ。それはそれで信用毀損に繋がるからおいそれとはできない。だから「最新設備をできる限り採用しない」で、同じ設備を小改良するだけでモデルチェンジに対応できる設計にして、減価償却費を減らす取り組みを進めるのだ。それがテスラに出来ているかどうかだ。AGV(自動搬送機)を取り入れたラインを見ると、ある程度スケーラブルな設計は頭にあるのかもしれないが、一般論として増産を第一目的に設計したラインは減産に弱くなる。
もし、工場の柔軟性が十分でないと、供給が需要を上回ると、にっちもさっちも行かなくなる。それをまだテスラの工場は実証していない。トライアンドエラーをせずに本当にスケーラブル生産ができるのか? 利益率が暴落する素養を持っている可能性が高い。
さてではその時どうするか。既存の自動車メーカーは歴史上、そうなったケースで、生産を止めると出血多量で即死することを知っているので、まずは生産を損益分岐台数で必死に維持する。需要以上に作るのだから、それは当然、余剰生産ができることを意味する。
積み上がった在庫をどうするか? それをレンタカー会社などのフリート販売で叩き売って何とかしたり、ディーラーで自社登録して、新古車にして安く売ったり、あるいはロイヤリティユーザー向けの特別値引き枠を作って、既納客に泣きついてとんでも無い値引きと引き替えにクルマを入れ替えてもらったりするわけだ。それらの政策は中古車価格を暴落させることになる。メーカーは百も承知だが、ブランドを毀損してでも大出血を止める背水の陣である。
こういう地獄を経てきた結果、生産のフレキシビリティや、設備投資の抑制に死にものぐるいになり、損益分岐台数を引き下げる技術を必死に磨いてきたわけである。
さてでは、過剰生産したクルマを売るというデスマーチモードに入った時、テスラに打てる手があるのか。テスラはコストダウンのために、販売拠点を持たない。値引きもしないワンプライス。広告も打たないし、当然媒体とのタイアップもしない。余分なコストがかからない。これで常に需要が供給を上回っている。だから儲かる。この形に持って行ったことはスゴいことだ。何もしないで売れる。それだけ旺盛な需要に支えられたビジネスだ。
だが、供給が需要を上回った時、打てる手がほぼ無い。販売店で自社登録ができない。値引きをしようとしてもそれは相対取引を意味するので不可能だ。やるとすれば、定価を改定するしかない。浪花節で泣きついて、既納客にクルマを入れ替えてもらうこともできない。
つまりテスラの事業プランには、供給が需要を上回るケースが想定されていない。ユーザーは自発的にサイトにやってきて、ポチってくれて、それをtweetして、次のポテンシャルユーザーを増やしてくれる。
後押しするのはイーロン・マスクのつぶやきだけ。効率は良いかも知れないが、B案もC案もない。
200万円台で買えるという噂のモデル2を出しておいたらちょっと話が違ったと思う。テスラはいまのやり方ではやっていけなくなったはずで、つまりもっとわがままで、面倒な客との付き合い方を磨き、テスラ信者でない客を相手にビジネスをするスキルを磨くチャンスだったはずなのだ。
テスラは普通ではない。それを全部否定しても始まらない。古いやり方を改めて、変わることには意味があるが、世の中の常識もまた長い時間をかけて出来上がったスタンダードであり、自らの新しさやユニークさとそうしたデファクトスタンダードを習合させて行く柔軟さもまた必要なことではないだろうか。