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更新日:2024.10.28 / 掲載日:2024.10.25
トヨタがHaas F1と提携ってどういうこと?【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ
10月11日、トヨタはMoneyGram Haas F1 Team(Haas)との提携を発表した。会見に臨んだ豊田章男会長(モリゾウ)はくれぐれも明日の見出しは「トヨタついにF1復帰」ではなく“世界一速いクルマに自分も乗れるかもしれない”と日本の子どもたちが、夢を見られるような見出しを、また記事をお願いしたいと思います。と発言した。どういうことだろう。

トヨタとF1となれば、誰もが考えるF1への復帰。何故ならば、2017年にNetflixが配信を開始した番組「Drive to Survive(邦題:栄光のグランプリ)」が火を点けたことでアメリカでは前代未聞のF1ブームが起きている。長らく、アメリカでのフォーミュラーレースと言えば、CART、OWERSと変遷してきた現在のインディカー・シリーズが圧倒的な人気であり、F1は完全なアウェイを強いられてきた。
その流れが大きく変わり、アメリカでのF1は、今やビジネス上の広告的価値が急騰している。世界で2番目に大きいマーケットで効果的な宣伝が打てるとなれば、トヨタであろうとこれまでの方針変更をしてもおかしくない。
しかしながら、トヨタの説明を聞く限り、どうもそういう話ではないらしい。トヨタの発表時に注目すれば他にも興味深い発言がある。
“普通のクルマ好きのおじさん”の豊田章男は、F1撤退で、日本の若者が一番速いクルマに乗る道筋を閉ざしてしまっていたことを、心のどこかでずっと悔やんでいたのだと思います。
ただ…記者の皆さんが目を光らせているので、あえて付け足しますが、「(当時の)トヨタの社長としては、F1撤退の決断は間違っていなかった」と今でも思っております。
トヨタがF1からの撤退を発表したのは2009年の11月。言わずと知れたリーマンショックの暴威が吹き荒れる最中であり、ポスト京都議定書を決めるCOP15コペンハーゲン会議が開催された年でもある。コペンハーゲン会議はその意欲的過ぎる取り決め目標ゆえに揉めに揉め、合意形成に失敗した会議だが、トヨタの撤退発表が11月4日。COP15の決裂が12月18日。環境規制が圧倒的に厳しくなるという下馬評の最中に撤退が決められたことは今振り返ると興味深い。

さて、肝心の提携についてはGRカンパニーの高橋プレジデントの3つの「P」の説明を抜粋するとよくわかる。
今回の提携を通じてTGR(TOYOTA GAZOO Racing)とHaasは「ドライバー育成プログラム」を新設。TGRの育成ドライバーがF1のテスト走行に加わり経験を積む。また、エンジニアとメカニックもレーシングカーの空力開発に参加し、極限の環境下での使用を想定したシミュレーションやカーボン部品の設計・製造を行う。(People)
エンジニアやメカニックは、Haasが持つレース中の膨大なデータを即座に解析、タイムリーに戦略立案へ生かすノウハウ(Pipeline)を習得。そうして得た知見を車両開発(Product)につなげていく。
背景としてHaasの規模の問題がある、Haasのチーム代表である小松礼雄氏の発言によれば、「F1コンストラクターとしてもっとも若く、規模が小さいチーム」だと言う。設備も人も足りない。端的に言えばお金がない。
トヨタとしては人や設備、そして発表にはないが当然資金の手当てに参画し、その見返りとして、ドライバー、エンジニア、メカニックに、モータースポーツのトップofトップであるF1での経験を積ませる。サーキットレースのカテゴリーに入っていく全ての人にとって、やはりF1は夢である。殊にドライバーはこれまで、何らかのカテゴリーでTGRと契約することは、イコール、F1への道をほぼ諦めることであった。
というわけで、Haasとトヨタ両社ともが必要なものを補い合う関係としての提携が成立したと言える。
空調の効いたVIPルームでコンストラクターオーナーとして貴族の様にワインを飲みながらレースを見るあのF1のカルチャーはモリゾウ氏の性に合わない。むしろレースの一参加者として、暑かろうが寒かろうがピットやピット裏のモーターホームにいたいのがモリゾウ氏であり、S耐やラリーはまさにその文脈の中にある。
そうした文化やしきたりの相違から、現在のトヨタは、トヨタ本体がF1に参加することは求めていないが、レース文化を愛するモリゾウ氏としては「F1に行きたい」という若者の夢は叶えてやりたいのは、間違いなく本音である。
もちろん、トヨタが株式会社である以上、そこに費やすコストには合理性が求められる。ただでさえ株主総会で「会長の道楽だ」という突き上げがある。それを意識しているからこそ、高橋プレジデントは、3つのPで人材教育の側面を強調している。
もっと言えば、あのリヤウィングに大きく入った「TOYOTA Gazoo Racing」のロゴを見ればわかる。これがトヨタ自動車の生命線のひとつであるアメリカマーケットに効くのだと言えば、厳密にコストパフォーマンスを判断するには、トヨタがHaasとのプロジェクトに費やす全額がわからないながらも、効果の大きさを考えれば明らかに説得力がある。人や技術の現物至急を軸とした提携内容から見てもおそらくさほど巨額ではないはずだ。

ホンダがレーシングエンジン開発という金のかかる業務を請け負ってまでレッドブルに費やす費用の見返りとして、エンジンカウルサイドに小さくロゴが入っているばかりの状態と比べれば、メリットは極めて分かりやすい。
かつてかの本田宗一郎氏が、F1への参戦について「できるかできないかじゃない。やりたいからやるんだ」とその意思を示した伝説がある。それは創業オーナー社長だからこそ言える言葉であり、あの時代にF1に進出してブランドの基礎を築いた大きな一言だったと思う。
しかし株主のガバナンスが確立した現在の企業経営の中で、レースをやるのであれば、効率やメリットの健全性を示すことは極めて重要である。トヨタとHaasの提携はまさに現代のモータースポーツビジネスのあり方を示す提携だと言えよう。