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更新日:2025.03.07 / 掲載日:2025.03.07
関税25%を唱えるトランプの思惑を推理する|池田直渡の5分でわかるクルマ経済

文●池田直渡 写真●ホンダ、トヨタ、DEA
米国の第二次トランプ政権が発足以来、トランプ大統領の過激な発言に世界は振り回されている。自動車の世界で言えば、旧NAFTA、つまり現在の米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)で、非関税協定が結ばれていたメキシコ・カナダの両国から米国への輸入に対して25%という厳しい関税を課すと発言し、世界中の自動車関係者に緊張が走っている。
そもそもトランプ大統領は、第一次政権下で、NAFTAを再編、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)にアップデートしている。背景には、NAFTAによって、自動車分野の雇用が雇用コストの安いメキシコに流出したという強い不満があった。そこで同政権は、非課税が適用されるための条件、ROO(原産地規則)を厳しくすることで流れを変え、米国の製造業への投資を活性化することを再交渉の最大の狙いにし、具体的にはNAFTAでは62.5%が域内原産であったのに対して、USMCAではこれを75%に引き上げた。

自動車産業は数千億円の工場設備投資を、20年から30年かけて回収していく巨大先行投資型のビジネスであり、工場用地の選定条件を大きく左右する課税ルールを後出しで変えられては、事業プランが成り立たない。もし、この時NAFTAを前提とした投資が完全に形骸化する様な法改正であったなら、メキシコとカナダに北米向け生産拠点を持つ会社にとっては大打撃になるところだった。
例えばカナダとメキシコに工場を持つトヨタとホンダ。メキシコに工場を持つ日産とマツダにとって、経営戦略レベルで大きな打撃を受けることになったはずだ。ただしそうなった場合、被害を受けるのは日本メーカーに限った話ではなく、米国のGMとフォードもまたメキシコとカナダに工場を持っており、米国企業にとっても手痛い話になる。


さらに言えば、こうした重要ルールを後出しで変えるということは、企業側が受け身すら取れない不確実性リスクと見なされ、米国政府自体が信用を落としかねない。例えば米政府が政策として、製造業を自国に誘致するためのルールを提示したとしても、「それが後出しで変更されるリスク」について、投資側は可能性を検討しなければならなくなり、政策が効かなくなる。つまりこうした条件をむやみやたらと近視眼的にいじると、米政府にとっても長期的デメリットが生じるのである。
実際NAFTAからUSMCAの時も、事前に騒いだほどドラスティックな条件変更ではなかった。だから今回も……とまでは断言できないが、多分トランプ氏はそこまで無邪気でも無思慮でもなく、先は読める人物だと思われる。
もちろん、あれだけ規格外の人物なので、本当に関税を実行に移す可能性は排除できないが、あくまでもこれまでの来し方をベースに予想すれば、無茶苦茶な発言の割にはリーズナブルな着地点を用意するのではないかと思う。過激な発言は相手をテーブルに付かせ、危機感を持たせるための方便のように思えるのだ。
そもそも今回の25%課税のディールとしてトランプ大統領が掲げるのは合成麻薬「フェンタニル」の密輸撲滅である。致死性の高いフェンタニルは中国で原材料が生産され、メキシコの密輸組織によって米国に持ち込まれている。もちろんこれが多数の死者を出し、中毒患者を産むという意味で由々しき問題なのはわかるが、だからといってその是正を条件に自動車に関税をかけるのは滅茶苦茶である。

そもそも自動車メーカーはフェンタニルの密輸撲滅に努力のしようがない。普通は米国製部品の使用比率アップの様な自動車ビジネスの範囲で条件闘争するものである。ましてやカナダに至ってはフェンタニルの密輸問題にも関与しておらず、カナダ政府がそれをなんとかするとしたらメキシコ政府に内政干渉して麻薬の密輸をやめさせる話になる。
こんな八つ当たりに近い関税報復は少なくともまともな話とは思えない。「だから滅茶苦茶な人なのだ」と受け取るか「だから落とし所は別にあるはずだ」と受け取るかの問題である。
さて、話はまだまだ現在進行形で変化し続けている。本当のところはわからない。今の所、この風変わりな大統領の打ち手をじっくりと見極めて行く以外にない。