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更新日:2021.12.06 / 掲載日:2021.12.01
【ハチロク特集】AE86から初代、そして新型まで86の進化を紹介

文●大音安弘 写真●トヨタ、ユニット・コンパス
トヨタのスポーツカーブランド「GR」に新たなに仲間入りした2ドアクーペのスポーツカー「GR86」。2012年に登場した「トヨタ86」の第2世代となるモデルだが、その誕生の歴史には、今なお愛され続けるトヨタの名車の存在が深く関係している。それが4代目「カローラレビン/スプリンタートレノ」だ。原点となるモデルを振り返りつつ、86の誕生と進化の歴史を見ていこう。
「軽量」+「後輪駆動」によって時代を超えて愛される存在となったAE86

トヨタ86の原点は、1983年にデビューしたコンパクトスポーツモデル「カローラレビン/スプリンタートレノ」の4代目にある。それまで基本を共有していたカローラ/スプリンターは、歴代モデル初となる前輪駆動車(FF)に改め、居住性を高めるなど実用車としての基本性能を磨いたが、FRによる走りの楽しさを重視し、先代同様に後輪駆動車(FR)が継続された。ボディタイプは、3ドアハッチバックと2ドアクーペを用意。エンジンには、1.6L4気筒ツインカムエンジン「4A-GEU」と従来型から継承した1.5L4気筒シングルカムエンジン「3A-U」を搭載していた。このエンジンの違いで形式名称が異なり、1.6L車が「AE86」、1.5L車が「AE85」となる。ハチロクという愛称はここから生まれ、これが後の「86」の車名へと採用されることに……。
レビンとスプリンターは、完全なる姉妹車だが、基本的なフォルムと内装こそ共通であったが、それぞれ専用のデザインが与えられていたのも大きな特徴のひとつだ。レビンは、グリル付きの固定式ヘッドライトを組み合わせたオードドックスな顔つきに対して、トレノは、ノーズを抑えたコンパクトグリルと格納式のリトラクタブルヘッドライトを採用したシャープな顔つきが与えられていた。新開発エンジンを搭載していたが、最高出力は130psと平均的なスペックであったが、高回転まで気持ちよく吹け上る気持ちの良いエンジンであったこと。そして900㎏台という軽量なボディとの組み合わせによる爽快な走りが、多くのクルマ好きたちに支持された。当時の走り屋から熱烈な支持を受けていたことは、しげの秀一によるコミック「頭文字D」で、主人公の愛車として登場することからも伺える。同コミックでは、前期型スプリンタートレノ3ドアハッチバックが主役に抜擢されたこともあり、近年ではトレノが大人気となっているが、販売当時は、圧倒的にレビンが人気。そして、走り屋は、空力面では有利な3ドアハッチバックではなく、ボディ剛性の高さを重視し、2ドアクーペを選ぶ人も多かった。またモータースポーツシーンでは、サーキットだけでなく、ラリーやジムカーナなどと幅広く活躍し、プライベーターからプロまで多くの選手に愛された。プロドライバーたちの中には、若かりし頃に、レビン/トレノのワンメイクレースなどに宣戦し、腕を磨いたレーサーも多い。
しかし、当時はバブル期ということもあり、とにかく豪華で高性能なクルマに人気が集まった。その時代のニーズを受けて、次期型となる1987年に登場した5代目レビンとトレノは、スペシャルティカーを目指して、豪華路線へと進化。駆動方式も効率を高めるべく、再びカローラ/スプリンターと共有化され、前輪駆動車へと転身する。その姿は、レビンが「プチソアラ」、スプリンターが「プチスープラ」と呼ばれたほど、立派なものとなり、性能も飛躍的に向上されていた。快適で充実装備を誇ったレビン/トレノは、商業的には、先代よりもヒットを記録したが、FRであることを重視する走り屋たちの気持ちを掴むことが出来ず、今では希少な存在となってしまった。

現代に蘇った小型FRスポーツカー「ハチロク」

時は流れ、カローラレビンとスプリンタートレノは、7代目が2000年に生産を終了し、その歴史に幕を下ろす。これはミニバンやエコカー、そしてSUVが市場を席巻し、スポーツカーのニーズは減少したことの影響のひとつであった。さらに強化された排ガス規制の影響もあり、細々と生産が続けられていた他の国産スポーツカーたちも、続々と絶版に。国産スポーツカー好きにとって暗黒の時代の到来となった。販売台数にこそ貢献しなくなったスポーツカーであったが、リアルなスポーツカーを知らない世代の誕生を意味していた。その結果、クルマは単なる移動手段と捉えられるようになり、若者のクルマ離れを加速させる要因のひとつとなってく。その打開策として、2007年1月にトヨタ社内で、安価なスポーツカーの開発を決定。これが後の「86」となるモデルのプロローグである。
トヨタが開発の協力を仰いだのは、2005年より業務提携を行っているスバルだ。新たなスポーツカーのコンセプトを詰めていくうちに、軽量かつ低重心で運動性能に優れた後輪駆動車でありながら、スポーツカーらしいスタイルを実現可能なパワーユニットを模索した結果、スバルの水平対向エンジンに白羽の矢が立った。当時、トヨタとスバルの共同プロジェクトは、スバルが米国でカムリを受託生産する取り組みが主なもので、2社の力を合わせた開発プロジェクトは実現していなかった。その第1弾として、新スポーツカーの共同開発が提案されたのである。しかし、スバルは、FFと4WDの開発経験しかなく、FRのスポーツカーの共同開発に始めは難色を示したものの、レガシィをベースにボディを切り詰めた後輪駆動の実験車を作り検証を行い、魅力的なスポーツカーとなることを実感。いよいよプロジェクトは本格的に始動することになった。この開発車両が、後にトヨタでは「86」、スバル「BRZ」と名乗ることになる。
86のコンセプトが世界初公開されたのは、2009年の東京モーターショーに出展された「FT-86コンセプト(エフティハチロクコンセプト)」だ。市販車と少し雰囲気は異なるが、ノッチバッククーペであることやキーンルックを取り入れたシャープな顔立ちなどの市販車との共通点も多く、基本的なコンセプトはしっかりと固まっていたことを伺わせる。新型車が86(ハチロク)を名乗る経緯は、今なお世代を問わず、クルマ好きの心を捉える存在であることや使い切れるパワーを活かした自分の腕を試せるライトウェイトスポーツカーであったこと。そして、多くのユーザーがAE86を自分好みにチューニングを加え、共に育つ存在であったことなどの理由が挙げられる。もちろん、コマーシャル戦略としては、「頭文字D」の人気の高さが影響したことは言うまでもない。事実、FT-86の公開後、AE86の復活として多くのクルマ好きが話題とし、その動向に熱い視線を注いでいた。このため、今なお、一部のクルマ好きは、86のことを今も「FT-86」と呼ぶことがある。それだけ復活のインパクトは大きかったと言えるだろう。
市販仕様となる「86」が世界初公開されたのは、2011年の東京モーターショーでのこと。一部仕様は異なるものの、基本的なデザインは、市販車のままであり、基本的なスペックについても公表され、市販化の動きを加速させていく。そして、翌年となる2012年2月2日、トヨタとしてAE86以来となるライトウェイトFRスポーツの復活を宣言し、4月6日より販売をスタート。同時にスポーツカルチャーを根付かせる専門ショップ「AREA86」も開設し、カスタマイズを含めた86オーナーのサポートに加え、クルマ好きが集えるクルマの好きのたまり場が目指された。この取り組みは、後のGRガレージの前身となった。
新生86は、全長4.2mの手頃なサイズ、1.2t前後と軽量な車重、使い切れるパワーと低重心を実現する200psの自然吸気水平対向4気筒DOHCエンジンなど、スポーツカーとしての見所満載であったが、多くのクルマ好きが注目したのは、やはりコントロールを楽しめるFRであることであった。199万円~305万円という現実的な価格帯も支持され、発表から1か月の受注は、月販目標の7倍となる約7,000台を受注するなど好調な滑り出しを見せる。姉妹車となるスバルBRZは、2012年2月3日に正式発表され、同年3月28日より販売を開始。設計と生産をスバルが担当したため、もちろん、基本構造は共有していたが、フロントマスクデザインなど一部のデザインが専用化されたほか、足回りの味付けについては、両社がそれぞれ独自のセッティングを行うなど明確な差別化も図られていたため、86とBRZの違いも、新型FRスポーツカーの話題の盛り上げに一役買うことになった。
86は、進化するスポーツカーを旨に年次改良もしっかりと行い、発売翌年となる2014年のサスペンションチューニングの見直しを始め、2015年の改良では、電動パワーステアリングの特性変更とボディ剛性の強化などを実施。2016年のマイナーチェンジでは、初のフェイスリフトを実施。もちろん、性能面でも強化が図られ、リアピラーのスポット打点増し打ちによるボディ剛性強化やサスペンションなどの足周りの改良など、年次改良よりもさらに踏み込んだ磨き上げを実現。そして、市場からのモアパワーの声に応えるべく、6速MT車の動力性能の強化を図り、最高出力207ps、最大トルク212Nmまで向上させた。またオプションにSachs製ダンパーを採用したことも話題に。このマイナーチェンジでは、異なる足の設定をしていた86とBRZのセッティングの違いが、電動パワーステアリングとショックアブソーバーだけとなり、より2台の存在が近づいたのも大きなトピックであった。つそれは86が完成形に近づいたことを意味するものであり、2017年の年次改良によるハンドリングのダイレクト感を向上させたのを最後にメカニカル上の変更点はアナウンスされていない。但し、86独自の取り組みとして、2015年の限定コンプリートカー「GRMN」を皮切りに、ベース車よりも一歩踏み込んだトヨタのモータースポーツ技術を反映させた走りの魅力を高めた「GR」モデルも投入。2017年には「GRMN」の知見を活かして走りを磨いた「GR」を。さらに2018年には、ドレスアップとパーツを追加したGRモデルのエントリー「GRスポーツ」を設定することで、自動車メーカーだからこそ提供できる魅力的な86も送り出している。

最後のガソリンエンジンモデルとなる可能性もある新型GR 86

2021年4月5日、トヨタ86とスバルBRZの第2世代のジャパンプレミアが実施された。一足早い2020年11月18日に、スバルがオンラインにて第2世代のBRZの米国仕様をお披露目していたため、大まかなフォルムと基本スペックについては周知されていたが、86が世界初公開されたのは、このタイミングとなった。先代同様に、基本的なデザインや構造を共有する点は同様だが、差別化がフロントマスクデザインに留まらず、再び足回りをそれぞれ専用化することで、2台の走りの味でも違いが付けられたことが大きな特徴となる。これは86が、トヨタのスポーツカーブランド「GR」モデルの第3弾となることから、よりトヨタらしい理想の走り味が目指されたことにある。その結果、安定志向を重視するスバルBRZに対して、GR86は、FRらしい後輪を積極的にスライドできるものとしている。もちろん、限界性能については両モデルとも共通であり、性能面での違いはないとしている。
第2世代の最大のポイントは、新開発の2.4L水平対向4気筒DOHCエンジンの搭載による性能向上を図りながら、従来型同等の車重を維持することで、ライトウェイトスポーツカーの魅力を守り抜いた点にある。エンジン性能については、最高出力235ps、最大トルク250Nmまで向上されている。もちろん、居住性や快適性の向上に加え、時代のニーズである先進安全機能についても初採用しており、AT車では、スバルの先進の安全運転支援機能「アイサイト」が標準化されている。
第2世代に進化したトヨタGR86とスバルBRZは、ユーザーにメーカーの枠を超え、好みのものを選んで欲しいと両社が協力してPR活動を行っているのも新たな動きのひとつ。これは急速な自動車の電動化が進む中、従来の価値を楽しめる最後のスポーツカーのひとつとして、より多くの人に愛して欲しいという開発者たちの願いも込められているのだろう。事実、世界的にもライトウェイトスポーツカーの存在は稀有なものとなっており、従来型よりも価格は上昇してとはいえ、この価格帯で手に入るスポーツカー自体も貴重となってしまっている。そして何よりもオーナー自らメンテンナンスやチューニングを楽しめたAE86の精神を色濃く残すモデルは、このGR86が最後となってしまうかもしれない。それだけに、クルマ好きにとってGR86の存在は、尊いものなのだ。