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更新日:2022.07.22 / 掲載日:2022.07.22

日産サクラから見えるBEVの景色【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●日産

 大ヒット中の日産サクラに乗って来た。今回は乗ってどうだったかを踏まえつつ、BEVの今後を占ってみたいと思う。

 さて、まずは総評だ。サクラはなかなかに良いクルマだった。予算と用途が合う人にはお勧めできる。

 サクラというクルマはその名前からして、優しい都会的なクルマだと思う。そのイメージ通り、乗り心地はBセグの良く出来たクルマレベル。軽の水準を逸脱している。

 特筆すべきはやはりモーター由来のパワートレイン。発進時のトルクは従来の軽自動車の倍。スタートのよっこらしょ感は皆無で、力強くリニアかつ静かに加速してくれる。軽の最も苦手だったところを改善した意味はとても大きい。走り出してからの速度コントロールもきっちり付いてきてとても気持ちいい。

 悪いところは2つ。まずはベースになったデイズからそのまま持ち越したオフセットの大きいペダル。そしてアップライトに座らせるシートの膝裏サポートをもう少ししっかり作ってあれば、そのオフセットの不快感も軽減されたと思うが、残念ながらそこまでの出来では無かったこと。

 まあそうは言っても軽自動車に完全にオフセット無しを求めるのは酷だとも思うが、可能な限りネガを消そうと努力したようには見えない。オフセットを許せるかどうかは試乗して決めて欲しい。

 もう一点は、保舵力と操舵力のバランスの悪さだ。保舵力が重い割に、操舵力が軽い。つまり旋回中で舵角一定にしているハンドルを戻そうとする反力が強い。その割にそこから切り足そうとすると軽いので勘が狂う。

 エンジニアに何でそんなことになったのかを聞くと、バッテリー重量のせいで、オリジナルのデイズより、少しリヤヘビーになったのだと。それでステアリング中立付近を重くして直進安定性を上げましたという。

 要するに、フロント荷重が不足しているので、パワステモーターの反力を使って、人工的に重さを加えたという話なのだと思うが、全く以て感心しない。反力はタイヤの仕事量に応じて出るべきで、ロクに働いて無い時に反力が出るのは物理現象としておかしい。直進安定性に問題があるなら、他の方法で対処すべきだ。その上であらためて操舵力とのバランスを決め直した方が良い。ちなみに操舵力の方はクルマのキャラにちゃんと合致していると思うので、問題は保舵力の方だと思う。

 と厳しいことを書いたが、冒頭で述べた通り、サクラは全体としてお薦めできる。その最大の理由は、現時点のバッテリー性能を前提に考えると、BEVとして最も理想に近いからだ。

 バッテリーは重くて高い。こう書くと、多分文句を垂れる人が出て来るだろうが、文句はテスラの値上げの合理的説明とセットでお願いしたい。以前盛んに言い募っていた「バッテリーは今後急速に値下がる」という与太は、全然実現していない。明確に高くなっている。そしてそれは需給の状況をみれば教科書通りの値動きであり、需給が緩まない限り改善されない。そしてバッテリー不足改善の目処は全く立たない。

 という状況下で、大容量バッテリーを積むBEVは論理的整合性を保てない。80kW/hのバッテリーを積むBEVを一台作るならサクラは4台作れる。本気でBEVの普及を目指すならどちらを優先すべきかは考えるまでもない。

 だからバッテリー容量20kW/hのサクラを買って、自宅で普通充電で一晩かけて充電し、可能な限りその航続距離内で使うという運用が圧倒的に正しい。その上でサクラはクルマそのものもそうして使うものとして優れているからだ。

 多分普通の運用ならバッテリー残量が30%程度になれば充電をするだろうから、20kW/hの70%、14kWh充電できれば良い。理論値で言うなら、自宅の3kWの普通充電器で5時間、多少余裕を見ても6時間程度でほぼ満充電になるだろう。多分向こう5年は確実に、恐らくは10年くらいはこうした運用が続くだろう。これは今すぐ実現可能だ。

 一方で、経路充電としての高速充電は、今の所採算を合わせる方法がない。1回30分の充電ということは、盆や正月のかき入れ時であっても、24時間で最大48台しか充電できない。そして平日は閑古鳥。道の駅などで管理者に聞くと平日1日の利用者は1人からせいぜい3人ぐらいのようだ。

 某金融機関の試算では、初期投資約600万円とランニングコスト30万円/年。これを回収していかなくてはならない。補助金があれば試算のしようもある様だが、無いと悲惨で、投資の回収だけで18年(1日7人の利用者想定)から30年(1日1人の利用者)となり、むしろ減価償却をする前に充電器の入れ替えが発生するだろう。

 一部のBEVユーザーからは、そうしたコストは地球温暖化防止のためなので、メーカーや政府が負担せよと声が上がるが、結局その費用はそのメーカーから商品を買う消費者と納税者の負担になる。本来受益者負担が当然の話だ。要するに「俺たちにただメシを食わせろ」という話であって、本質的にはしたなさしかない。

 充電ビジネスがせめてガソリンスタンド程度に利益を上げて事業継続できる様にするためには、充電コストをBEVユーザーが払うのが経済原則に則した話だ。しかしそうした事業プランはまだ端緒に付いてもいない。

 そう考えると、日産サクラと自宅普通充電器という堅牢で現実的なプランはBEV普及にとって遙かに大きな意味を持つように思う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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