車の最新技術
更新日:2022.10.07 / 掲載日:2022.10.07

全自動工場の意味 ものづくりの内側【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●

 さて、前回は自動車工場を建設して稼働させることは本当に大変だということを書いた。今回はその続編である。昨今、工場の写真を見ると、整然とロボットが並び、人の姿が見えない景色を見受ける。実はこれあまりよろしくない。

 「いやいや、人件費を掛けずにフルオートメーションにした方がローコストでしょ?」と考える筋道はよくわかるのだが、実はそうではない。

 ロボットには工程のカイゼンができない。「あれ? こうやった方が早くないか?」というアイディアをロボットは出してはくれない。

 原価改善を進める場合、そのほとんどは工程のカイゼンである。例えばねじみたいなものを今さら交渉で仕入れ価格が下げられるかと言えば、ロットでも大幅に変わらない限り難しいのだ。

 例えば、10mmの穴に9.9mmの棒を差し込む作業があるとしよう。これをロボットメーカーのエンジニアに設計させると、大抵は光学センサーで精密に位置決めをして、全円周に0.05mmのクリアランスを保って入れようとする。まあそりゃそうなるだろう。

 しかしそうするためには、高精度なセンサーと、高精度なアクチュエーターに加え、定期的なキャリブレーションが必要になる。つまりイニシャルコストが高く、整備機会が多い上に、精度を保つために設備更新が増える。

 同じ作業を人間がやるとどうなるか? 最初は慎重に、周囲に当てないように差し込むが、そんな神経を消耗する作業をそうそう長く続けられるものではない。だから楽をする方法を考える。棒材を傾けて、一方のヘリに当てて、靴べらの理屈でそのまま滑り込ませる。これだと当てた側の壁面がガイドラインになって位置決めが楽になる上、反対側には0.1mmのクリアランスができて作業が簡単になる。

 人にはこういう工夫が出来るところがミソで、トヨタは新規のラインを作る時に、全て手動のラインを一度作り、そこで実際に仕事を回してみる。

 自動化はそれからだ。人のやり方をトレースすれば、高精度センサーもアクチュエーターもキャリブレーションもいらなくなる。そうやって原価低減を進めるのだ。

 いやしかし、自動化したらそれ以降人は要らなくなるではないかと思う人もいるかも知れないが、そういうカイゼンを継続的に進めるために、ずっと人の育成を続けている。

 そのやり方も面白い。テストのための手動生産ラインに配置されるのは、リタイアした元のエンジニアが多い。かつてバリバリに生産設備を設計していた人たちだ。設計がわかっているからカイゼンの方法がどんどんでてくる。

 そうした現場の声を聞いて設備設計をする現役組みにとって、改善要望を上げてくるのは昔散々お世話になった先輩なので頭が上がらない。現場の声を無視したり、疎かにしたりはできない。そもそも「何にもわかっちゃいないヤツに口出しされたくない」みたいな構造になっていない。相手も尊敬すべきプロである。そうやってトヨタは毎年毎年3000億円の原価低減をし続けている。10年続ければ以前との価格差は3兆円になる。10年間の累積ではない。単年度の差が3兆円になるのだ。

 いやいや、そんなに上手く行くものなのだろうかと聞いてみると「カイゼンに終わりはない」と断言するのだ。つまり唯一の正解、あるいは完成形を求めるのではなく、永遠にカイゼンし続けるのが仕事であり、裏返して見れば「これ以上カイゼンするところはありません」と言ったら、そこでもうエンジニアは不要になる。ロボットの方が安い。

 「人の仕事はやがてほとんどがロボットに置き換えられる」という説があるが、それは仕事を「作業」だと思うからであって、ロボットにはできない「カイゼンをする知的労働」こそが仕事だと考えれば、その仕事は奪われることはない。

 だから筆者は人っ子一人いない工場の写真を見る度に、カイゼンを諦めた工場に見えるのだ。

この記事の画像を見る

この記事はいかがでしたか?

気に入らない気に入った

池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

img_backTop ページトップに戻る

ȥURL򥳥ԡޤ