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更新日:2022.10.28 / 掲載日:2022.10.28

中国向けBEV トヨタbZ3をどう読むか?【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 バッテリー覇権に向けた世界の戦いはすっかり魑魅魍魎が跋扈する様相を呈してきた。もはや誰もWTOルールを守らない。むしろ破ったもの勝ちの世界になりつつある。

 以前にも書いたが、WTOのルールが意味するのは「WTOに加盟したら、貿易に変な規制をかけないこと、特に片務的な規制をせずに相互的、互恵的に取引しましょう」ということであり、ルール破りの結果、第二次世界大戦が引き起こされた過去に鑑みて極めて重要なルールである。

 時系列で見ると、最初にイカサマを始めたのは中国である。厳密に言えば中国のWTO加盟は2001年なので、この時点ではルール破りとは言えないが、加盟後も頑なにやり方を変えようとしなかった点を踏まえて、振り返ってみたい。

 1992年、当時すでに国家中央軍事委員会主席のポストを江沢民に譲っていた鄧小平は、武漢、深圳、珠海、上海などを視察し、「南巡講話」という声明を発表した。「中東には石油があるが、中国にはレアアースがある。中国はレアアースで優位性を発揮できるだろう」と発言。

 これ以後、中国は国富を投入し、さらに国際的な環境ルールを守らず、環境汚染を辞さないことで、レアアースの不当ダンピングを開始。鉱山の未処理廃水は中国の河川を7色に染め上げ、国際批判を呼ぶことになった。しかし一党独裁の中国は、そういう犠牲をものともせず、結果的に圧倒的な安価によって、世界中のレアアース鉱山を廃業に追い込んだ。2010年代にはレアアースの世界シェアの97%の寡占に成功する。

 まずはここを押さえてから、中国はNEV(New Energy Vehicle)政策を打ち出した。西側各国は、中国の国ぐるみのルール破りにしてやられ、BEVで中国にアドバンテージを取られてしまった。一度こうなってしまうと、ひっくり返すのは容易なことではない。一度閉山した鉱山を再稼働させるには莫大なコストと時間がかかる。強い意志でそれを断行しても、ルールを守らないプレーヤーにダンピングを仕掛けられたら、再び閉山になってしまう。

 そこでまずはEUがLCA規制を持ち出し、国境炭素税制度を狙い始めた。これはバッテリーの生産時のCO2排出量をカウントし、基準値以上のCO2に対して国境を越える、つまり輸入する際に高額の関税をかける方式だ。中国が大人しく正直なCO2算定基準のデータを提出するとも思えないが、その辺りはEU側が査定するシステムをゴリ押しするなどやりようはあると言うことだろう。EUは今そういう方向へ進もうとしている。

 次いで、アメリカが、インフレ抑制法を制定。補助金を実質的にアメリカ法人にしか出さない仕組みを作り出した。クルマの組立に関してはアメリカ、カナダ、メキシコのいずれかで組み立てられたBEVに対して3750ドルの控除が受けられる。また、バッテリーに使われる主要鉱物が、米国もしくは米国とFTAを結んだ地域で生産された原材料が40%以上使われている場合は、追加で3750ドルの控除。満額なら7500ドルの控除が受けられることになる。平たく言えばこの控除(実質的には補助金)から中国を閉め出す方策である。

 さて、中国は何をやっているかと言えば、彼らは中国への自動車輸入規制障壁を高く維持し、基本的には中国国内生産以外を認めない。さらに中国国内で作るクルマには、原則的に中国メーカーのバッテリー採用を義務付ける。ルールそのものは少しずつオープンになっているが、ではオープンになった基準に合わせてどんどん認可されているかと言えば、そこはかなり恣意的に運用されており、まあ実質的には何も変わっていない状態だ。

 という具合に、中国も欧州もアメリカも、少なくともBEVに関しては強いブロック経済化が進行している。WTOルールなど見なかったことにして、貿易障壁の高さ比べを始めているとも見ることができる。残念ながら、大国の一国がルールを破れば、正直者がバカをみることになるから、全員でインチキを始める。悪貨は良貨を駆逐するを地でいく形である。そういう背景を理解しておかないとbZ3の意味がわからない。

 アメリカやEUや中国など、お互いに大きなマーケットがある国々の交渉は、自国マーケットを賭けたルール破り闘争が可能だが、日本のマーケットで報復措置を取ってもあまり効果がない。とは言え、日本の税金を原資とした補助金が中国へどんどん流出していいのかという論点は存在する。ただしそれは今回のテーマと少しズレるので、ひとまず措く。

 さて、そこでbZ3がなぜBYDとの共同開発になったかと言えば、これはもう中国マーケット対策以外の何物でも無い。BYDと組めば中国国内でのバッテリー調達面では明らかにベスト。独自でバッテリー確保に回ったら、塗炭の苦しみを味わった挙げ句、仮に上手く行っても万が一の撤退戦の時に苦労して作ったサプライチェーンがまるごと人質になる。

 習近平第3期政権が確定した23日の中国共産党大会での、敵対勢力払拭で中台リスクは明らかに緊張の度合いを高めた。それはある程度予期されていたことなので、トヨタの読みが当たったと見て良いだろう。余談になるが、中国としては台湾のTSMCを何とかして接収したい。そうなればレアアースという原材料だけでなく、半導体でも覇権を握れる。ただし、TSMCが覇権を握れるのは西側各国の加工機械や中間部材の供給あっての話なので、仮に中国が野望を果たしてTSMCを奪取したところで、TSMCが滅ぶだけの可能性が高い。そこが中国に見えているのかどうかはどうも怪しい。

 さて、トヨタにしてみれば、中国共産党肝いりの国策バッテリー会社、BYDとのジョイントであれば、万が一の中台開戦の暁には、トヨタは全てをBYDに渡して撤退するオプションを残した上、中国政府にとって大事なBYDのパートナーの立場を活かして、中国側から目の敵にされるリスクも下げられる。撤退と残存、両方の面で最も安全性が高い。

 恐らくこの強いブロック化を睨んで、トヨタは同様のジョイント政策をアメリカや欧州でも進めていくと考えられる。ただし、中国と異なり、撤退戦までは考慮する必要がないので、ブロック化で排除されにくい形をもう少し穏当な形で進めて行くことになるだろう。すでにトヨタは8月のリリースで、日米合計で約7300億円を投じて、バッテリー生産能力の拡大を発表している。これから当分の間。トヨタの発表する施策が、どの地域に向けた何を狙ったものなのかに注視して行く必要がある。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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