車の最新技術
更新日:2023.09.15 / 掲載日:2023.09.15

移動の可能性を、すべての人に【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●一般財団法人 トヨタ・モビリティ基金

 トヨタモビリティ基金(TMF)という組織がある。筆者はその理事も務めているのだが、今回は理事としてではなく、伝える側として、その大事な活動を報告したいと思う。地味なニュースではあるが社会全体にとってはとても大事なことである。

 まずはTMFとは何かということだが、トヨタ自動車は、いろんな理由で自社株を保持している。基本的には株主に対するサービスとして、市中に流通している株を適宜買い集め、それによって株の流通量を減らすことで、株主の保持している株の価値を上げることが目的である。株主への配慮という意味では世の中に多くある普通の自社株買いだ。

 目的はそうであっても、当然ながら株には配当が付くので、結果的に、まとまった株を持っているトヨタ自動車には持ち株配当金が入る。この収入を活用する基金として設立されたのが、TMFであり、年間70億円弱の配当を原資に特にモビリティ分野に対する社会貢献活動を行っている。財団としては利益を求めない社会活動を行う団体である。

一般財団法人 トヨタ・モビリティ基金が作成した資料「Mobility for ALL」より(以下同)

 さて、そのTMFが昨年から力を入れている活動が“Mobility for ALL”。何らかの障がいのある人に“移動の可能性”を提供しようとする団体や組織を募集し、審査を通った対象に段階的に助成金を交付し、同時に事業運営に対してもサポートを行おうというものだ。

 本年の第二回プロジェクトでは12のチームが選考を通過し、採択された。それらの事業は、9月2日と3日に開催されたENEOSスーパー耐久シリーズ2023 Supported by BRIDGESTONE 第5戦もてぎでお披露目されたので、そのいくつかを紹介しよう。

●Humonii

 慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科高橋正樹研究室の現役・OBメンバーで構成されるチームからなるHumoniiでは、WHILL社の電動車椅子をベースに、両手が塞がった状態でも、体幹を傾けて荷重移動することでコントロールできるシステムを開発している。安全のためカメラによる障害物チェックを行い、人や物との接触を防いでいる。これによって地図やガイドブック、双眼鏡などを手にしたまま操縦でき、旅行や観光がしやすくなる。未来の電動車椅子のインターフェイスとして期待される。

●AMD(トヨタ自動車株式会社)

 トヨタ自動車によるエントリー。障がいによって、直接運転が困難な人でも、遠隔操作によって本物のクルマを運転できる遠隔操作デバイス。アーケードゲームのようなモニターとステアリング、ペダル、または下肢不自由者用の感圧デバイスを両手で操作することで、車両をコントロールする。自動運転と従来の運転の間に位置する技術。将来的には、遠隔運転によるレースやジムカーナなども可能になる。

●Lighthouse Tech

 スイス、ルガーノからエントリーしたのは視覚障がい者を補助するデバイス。通常使われる白杖は、地面レベルの障害物を検知することができても、例えば顔の高さで突き出している枝や看板などを感知できない。Lighthouse Techでは、メガネフレームに前面センサーを組み込んだ特許取得済みのモジュラーシステムで、周囲をスキャンし、振動によるフィードバックで危険を警告する。右前方に障害物があれば右のつるが、左前方に障害物があれば左のつるが振動して知らせる。これによって視覚障がい者がひとりで外出する際のリスクが大幅に減らせる。

●株式会社Ashirase

 視覚障がい者のためのナビゲーションシステムを開発するのは株式会社Ashirase。靴に装着した振動デバイスで進行方向を案内する。従来の音声ガイダンスだと、貴重な聴覚をルートガイドに奪われて、環境音などの聞き取りが疎かになり、危険の察知が遅れる場合がある。そこで振動による情報を利用して進行方向をガイドする。

 この他にも、障がい者向けサポートサービスが付帯した福祉タクシーの予約と利用に特化した予約システムの株式会社mairu tech。スマートグラス、AR、オーバーレイ、拡大表示等により、弱視の人でもレースなどが観戦できるNuEyes RallyVision Racing。手話実況システムの岡山放送など、多くのチームがその開発中のシステムを実演してみせた。

 これらの取り組みは社会の未来にとって極めて重要だが、本質的には利益を追求するのものではないので、スタートアップ時の援助がなかなか得られない。TMFはそこを助成して、まずは具体的なサービスを実現する形に持って行き、最終的には国や自治体、その他の企業とのジョイント事業として自立するまでの費用を負担するわけである。

 “Mobility for ALL”つまり、移動の可能性を、すべての人にという考え方はとても重要だ。こうした地道な活動によって、ひとりでも多くの人が自分の力で自助する生活に近づける。われわれひとりひとりも、歳を経ていけばいつかは自助が難しくなる。その時、救いの多い社会であれば、我々自身も幸せに生きられる。

 今回紹介した以外にも、さまざまな活動があるので、ぜひ一度TMFの特設ページをご参照いただきたいと思う。
https://mobility-contest.jp/department1-2023/

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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