車の最新技術
更新日:2024.03.06 / 掲載日:2024.03.01

EVバブルは崩壊したのか?【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●フォルクスワーゲン、メルセデス・ベンツ

 BMWを皮切りに、GMやダイムラー、ジャガーランドローバーなど、次々とBEVシフトのペースダウンを発表している昨今。すでにメディアの報道は「EVバブル崩壊」とか「ハイブリッド好調」という話になっている。まあ全面的に間違っているわけではないが、ついこの間まで浮かれて「世界はEVに舵を切った」と騒いでいた時と同様。解像度が低い。好意的に言っても流れの捉え方が乱暴だと思う。

 大手メディアの書きっぷりを見ている限り、多分、このペースダウンの先に、おそらくはEV終了みたいな絵図を描いている気配が感じられてなんだかなぁと思う。今回のペースダウンは「ペース配分の間違い」が原因だ。この間まで「バスに乗り遅れるな」とか「出遅れ」とか騒いでいた人たちは、EVシフトを短距離レースと認識していたのだと思う。そしてそれは今でも同じ。まだこのレースが長距離レースだと気づいていないのだ。

 長距離レースだとするならば、スタートから渾身の全力ダッシュをするのは馬鹿げている。100メートル走のつもりで走り出してしまって、実はフルマラソンでしたとなれば、それはかなり取り返しが付かない。コースや周囲のライバルを見ながらペース配分を決めて、レース全体を見渡して組み立てることなしに勝利は覚束ない。

メルセデス・ベンツは2月22日の業績発表で電動化戦略について言及。2030年代においても、市場の要求に応じてBEVと電動化された内燃機関の両方を提供すると語った

 筆者はずっと言っているのだが、資源調達やインフラ整備が必要な戦いには時間が掛かるに決まっているではないか。一例を挙げれば、単純な話「次世代電池はどれになるか」すらまだ決まっていない。少なくとも短期的には全固体電池は間に合わない。あれは当分高価格のフラッグシップ用であり、今今の台数の戦いには寄与しない。だから当面の台数を支配するのはリン酸鉄系の高密度化の戦いになるだろう。

 が、しかし、リン酸鉄系高密度(例えばブレードやバイポーラ型)が本当にキャズムを越えるだけの突破力があるかどうかと言えば、これもまだわからない。リン酸鉄時代にブレークするか、もっとだいぶ先になって全固体電池が普及価格に落ちてくるところがブレークポイントなのかも、まだ誰にもわからない。そもそも用途別にもっと細分化していく可能性すらある。そして同じような技術優位競争がインフラ領域でも始まるだろう。

 もっと言えば、それらBEVを巡る技術優位戦争に時間がかかればかかるほど、カーボンニュートラル燃料や水素の開発が追いついて来て混戦はより加熱するだろう。

資源エネルギー庁の資料より。内燃機関で使えるカーボンニュートラル燃料の研究開発も行われている

 そこを何故か短距離レースだと決めつけたら、のんびり技術の趨勢など見ている暇はない。ギャンブルであろうがひとつに決め撃ちして、短期で開発し、生産体制を確立しなければならない。戦術は競馬で言えば「逃げ」か「先行」しか選択肢はない。しかしすでに各社の発表で現実化している通り、それらの戦術を選択した各社が今続々とペースダウンしているのだ。こういう展開になると、「差し」や「追い込み」が俄然有利になる。

 しかも中団や後方に付けているグループは、先頭集団が色々試行錯誤してどの技術が有利かを試してくれるのを高みの見物していられる。もちろん結果が出たところからのゼロスタートで追い上げられると考えるのは都合が良すぎるので、技術開発だけは進めておいて、生産体制の確定はペンディングという戦術になる。自動車産業は大規模な先行投資を時間をかけて回収していくビジネスモデルなので、生産設備投資の早ヅモは大惨事を呼ぶ。

 ギャンブルで選択肢を狭めてしまった先行組は、決め撃ちした生産設備投資が外れればそれが巨大な座礁資産になってしまう。後発組はそういう先行組が試した外れくじをどんどん開発スコープから除外していくことで投資効率が高められる。

 さらに言えば、長距離レースだと分かった途端、ICEの果たす役割が大きくなる。BEVの普及ペースが遅ければ、そのシェアが十分に拡大するまでの間何で食っていくかは重要だ。先行組は急峻なBEVシフト一本足打法で、ICEへの投資を蔑ろにしてきたことがボディブローで効いてくる。加えて短距離勝負前提の逃げ切り戦術のための巨額投資の回収スケジュールは予定通り進まないというダブルパンチに耐えねばならない。

フォルクスワーゲンのザルツギッター部品工場。かつてエンジンを生産していた工場を改装しバッテリーセルを組み立てている。当時で約20億ユーロの投資を行った

 初手の投資で失敗した後で、ICEに逆戻り投資し、レースの趨勢が見えて来たところでもう一度トレンドに合わせてBEVに再投資を余儀なくされるという後手後手の戦いが楽なものとは到底思えない。それらの会社からは今後の決算で、次々とネガティブな数字が出てくるだろう。台数や利益のダウンは、投機マネーの期待を逆撫ですることになる。すなわち、短期開発前提でのEVバブル崩壊は今後よりくっきりと見えてくるだろう。

 ただし、それは「BEVオワコン」という意味ではなく、まだまだ長距離レースの序盤戦が中盤戦に移っていくに過ぎない。そして序盤戦の戦術を間違えた会社が今どんどん浮き彫りになっている。スタートで全力疾走してしまった彼らの持久力が果たしてレース終盤までもつのかどうかが問われることになるだろう。幸いなことに国内メーカーで短距離走と誤認して戦術を間違えた会社はない。少なくとも中盤以降の戦いはレース前より有利になったことだけは確かである。ということでどうやら日本勢には追い風が吹いて来たと言えそうだ。

この記事の画像を見る

この記事はいかがでしたか?

気に入らない気に入った

池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

img_backTop ページトップに戻る

ȥURL򥳥ԡޤ