車の最新技術
更新日:2024.04.26 / 掲載日:2024.04.26

レクサスLBXが生まれる工場【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文と写真⚫︎池田直渡

 レクサスが小さな高級車LBXをリリースした記事は1月に掲載した。  勘の良い読者ならすでにお気づきのことと思うが、筆者はこのLBXをかなり気に入っている。なんならちょっと欲しい。高いけど。  

 さて、今回トヨタはこのLBXが生産されるトヨタ自動車東日本(TMEJ)の岩手工場をメディアに公開した。TMEJ岩手工場は前身である関東自動車工業時代にESやIS、SCと言ったレクサスモデルを生産した経験があるが、2011年のTMEJ設立以降、小型車の生産にシフトした。そのためLBXはTMEJ初のレクサスモデルとなる。  

 そもそも、TMEJは東北震災復興のために当時の豊田章男社長の「一時的な支援金より地域に根ざした産業を」との理念で、当時の関東自動車、セントラル自動車、トヨタ自動車東北の3社を統合してできた会社だ。さらにプリウスのヒットに続いて、ハイブリッドの普及を担う期待の初代アクアの生産を任せると共に、長期的視点からものづくり人材育成を担うトヨタ東日本学園を開校するなど、東北の経済を長期的に支える計画の下、10年以上にわたって地域経済に貢献してきた。

レクサスLBXがトヨタ自動車東日本 岩手工場で製造されることは、東北経済への影響だけでなく、そこで働く人々のモチベーションアップにもつながる

 そのTMEJでLBXを生産することの意味を考えてみたい。本来クルマを作る上で、高いクルマも安いクルマもない。等しくユーザーの命を預かる重要な製品である。とは言え、人というのは厄介なもので「いつかはクラウン」の時代から高級車には憧れを抱く。やはり高級車には、気持ちがくすぐられる。それは働く人たちも一緒だ。だからレクサスのモデルを生産は、「人の本音」の部分ではかなり意味がある。おそらくTMEJで働く人々も、自分がLBXの生産に携わる時、そこはかとなく高揚した気持ちがあったのだろうと想像する。LBXはTMEJ岩手工場の人々にとって誇りにつながる製品なのだ。仕事に誇りが持てることは幸せなことだと思う。

 もちろん事業として、LBXの生産を決めたのはそれだけが理由ではない。単純な話、アクアとLBXでは生産台数が違う。言うまでもないがアクアの方がずっと多い。高価で生産台数の少ないLBXではライン1本をフル稼働させられない。だからLBXの生産を実現するためには、どうしても混流生産がマストになる。混流生産とは異なる車種を同じラインに順不同に流して生産する方式で、高度なライン設計とライン際までのオンデマンドの部品供給オペレーションが求められる。  

ライン製造は、同じものを大量に作るのは得意だが、複数の製品を混在させつつ効率的に製造するには車体側の設計にも工場にも創意工夫が求められる

 写真を見ればわかるように、カッパーのLBXの次に流れているのは白いアクアである。ちなみにLBXの前に流れていたのもアクアだった。言い方は悪いが、そうやってアクアのラインに間借りして生産しない限りLBXを生産するのは難しいのだ。

 混流生産とはすなわちフレキシブル生産を意味する。トヨタ生産方式では当然のことながら、「クルマは売れた分だけ作る」のが基本だ。仮にLBX専用にライン1本を当てがってしまうと、必要以上の台数ができてしまう。それでは困るので生産台数を落とすと、今度はラインの設備投資の減価償却に届かなくなる。平たく言えば赤字になる。

 少量生産の高級車が難しいのはそういうところなのだ。以前の記事に書いた通り、だからこれまでの小さな高級車はハードウエア的には、安価なクルマと同じで、内装のトリムだけ高級にしたものにならざるを得なかったのである。

 よって、同じラインで他のモデルと組み合わせて、ラインの稼働率を維持しつつ、売れた分だけ作る必要があり、そうした要求に応える生産方式が混流生産なのだ。

 しかしながら、混流生産にはそれなりの準備が必要だ。ラインにクルマを流すためには、車体の据付部(ハードポイント)を共通化しなくてはならない。アクアもLBXも同じトヨタのGA-Bプラットフォームだからそれが可能なのだ。もちろん違うプラットフォームでもハードポイントを共通化すれば可能だが、サイズが違うほど難易度は上がる。そういう意味で言えば小型車に特化した岩手工場は混流生産がやりやすい環境にあった。  

 しかしながら、そもそもTHS搭載のハイブリッドで最も廉価なアクアと、小型車最高級のLBXにおなじプラットフォームを使うこと自体も簡単ではない。乗り心地や音、振動などについて、高いポテンシャルを求められるLBXと、何よりもまず廉価なプライスを求められるアクアのどちらでも対応できるシャシーはそうそう簡単にはできない。それを解決したのが、スーパーコンピュータでのシミュレーションによって設計された「TNGA(トヨタニューグローバルアーキテクチャー)」である。それでも大変な設計変更が加えられていることは前回の記事で書いている通りである。

TNGAからのモノづくり改革によって、LBXというこれまでになかった商品コンセプトを持つモデルが製品化された

 つまりLBXというクルマが生まれるためには、まず混流生産が、そして混流生産のためにはコンパクトカー用プラットフォームであるGA-Bが、そしてGA-Bで要求性能の異なる多彩なクルマを作るためにはTNGAが必要だったということであり、LBXはすなわち、トヨタが2010年代から押し進めてきた長期計画の開花と見ることができる。  

 表に見えるクルマだけをみてもわからない舞台裏での長い計画と準備があってこそのLBXであり、そういう仕込みができる力がトヨタの強みでもある。トヨタのラインナップを見渡せば、他社では生産が厳しくなったBセグメントが、レクサスLBX、GRヤリス、ヤリス、ヤリスクロス、アクアと華々しく並び、なんならヤリスとヤリスクロス、アクアにもGRグレードがある。それはTMEJの混流生産のなせる技なのだ。ということで筆者は早いとここのLBXを長期で借りてテストしてみたい。なんなら生まれ故郷の岩手まで自走してみたいのだが、大人気でまだまだ広報車の空きがない。タイミングをみてじっくりと乗ってみたいものである。

この記事の画像を見る

この記事はいかがでしたか?

気に入らない気に入った

池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

img_backTop ページトップに戻る

ȥURL򥳥ԡޤ