車の最新技術
更新日:2024.10.05 / 掲載日:2024.10.04

スズキの電動モペット「e-PO」で考えるラストワンマイルの未来【池田直渡】

文と写真●池田直渡

 スズキから登場した電動モペット「e-PO」に試乗してきた。と言っても意味がわかる人は多くないだろう。見た所、e-POは、折りたたみの電動アシストサイクル(電アシ)に見える。けれども法的にはいわゆる原付一種にあたる。つまりナンバーの交付を受け、自賠責に加入し、ヘルメットの着用が義務付けられる。こんな見た目なのに、要するにスクーターの仲間なのだ。

 その代わりに、ペダルを漕がずに走ることができる。漕がなくてもスクーターのアクセルのように右手のグリップを捻ると加速するが、ペダルを漕いてもモーターが押し出してくれる。加速の方法は2種類あるわけだ。もちろん原付一種なので時速30kmの法定速度を守らなくてはならない。ちなみに今回のクローズドコースで、しゃかりきにペダルを漕いで出た最高速は40km/hだった。筆者はあの漕ぎ方では1分ともたない。

 最高速はともかく、出足は良好だ。電アシでは足で漕ぐ力の2倍までしかアシストしてくれないが、そこは原付一種、3倍までアシストしてくれるので、出足しの加速は電アシより速い。

 車重は未発表だが、フレームの溶接痕をみる限りアルミ素材で、おそらく20kg程度だろう。もちろんスクーターより遥かに軽く、扱いはほぼ自転車のそれ。手軽で気軽で誰でも乗れる。のだけれど、やっぱり動力があると何をやっても大丈夫という訳には行かない。当日のコースはそれなりに傷んだアスファルト路面で、剥がれて浮いた小石があり、うっかりすると滑りそうな気配を感じた。制動から車体を傾けて旋回に向かう時、直進の内にリヤブレーキをちゃんと使わないと、フロントが滑りかねない。セオリー通り、リヤブレーキを先にかけて、車体を安定させ、しかる後にフロントはしっかりとグリップレベルと相談しながら制動すべきだ。

 しばし乗り回してスズキの技術者と面談である。開口一番価格を聞いたら「まだ決まっておりません」。仕様はこれで確定ですか?「未定でございます」。ということでようやく悟ったのだが、このe-POはこれから公道走行調査を始める実証実験モデル。浜松市を中心に実際の路面や交通状況下で走らせてみる段階だそうだ。

 筆者はだいぶ以前から、モビリティ・アズ・ア・サービス(MaaS)で最も欠けているのはラストワンマイルの移動手段であると主張してきた。そこへ突然「特定小型原付」が認可になり、シェアリングが始まった。一番有名なのはLUUPである。

特定小型原動機付き自転車は、原動機付自転車の区分に属する(国土交通省の資料より)

 筆者もたまに利用する。ただしあの電動キックボードは、やはり安全とは言い難い。前輪が小径過ぎ、フロントキャスターが立ち過ぎている。ちょっとバランスを崩せば前輪を起点に前転しかねない。それは小さな段差でも一緒だ。もちろん乗り方次第ではあるけれど、夜の路面の見にくい環境で、路面に穴があったり、異物が落ちていたりしたらアウトだろう。

 そういうものとの比較で言えば、e-POは桁違いに安全である。どちらかと言わずともe-POを勧めたい。のだが、そこでヘルメットやナンバーが立ち塞がる。それだったらもっと本格的なスクーターの方がより良いに決まっている。

 ではe-POはどういう商品なのか。ここで我々は一度リスクと安全を考えてみなければいけないと思うのだ。例えば、真夏の盛りに、ネクタイを締め、急坂を登って取引先を訪問するとして、それは汗だくになるに決まっている。そこをモーターでアシストして運んでくれるラストワンマイルモビリティがあれば助かる。

 筆者も職業上、「安全は大事」と主張する立場だが、だからと言ってこのe-POに乗る時に、「スネル規格のフルフェイスをかぶって、脊髄や関節など各部に保護パッドがフル装備されたワンピースの皮つなぎを着て、ブーツと手袋で乗りなさい」とは言わない。そもそも安全第一を言うなら歩行中だってヘルメットはあった方が良いのだ。

 言うのに勇気がいるのだが、リスクというのはそもそもコストとの兼ね合いである。ここで言うコストとはお金だけではなく、手間や時間も含む。例えば鉄道でのテロに備えるために、朝の通勤電車で空港並みの手荷物検査をやるかと言われたらそれは過剰だ。生活が不便になりすぎる。

 もちろん安全が大事だという原則は変わらないのだけれど、速度レベルに応じて、コストが見合うレベルがあるはずだ。e-POが目指すのは手軽で日常的なラストワンマイルモビリティであり、ネクタイを締めて取引先に行くようなシーンでのニーズを満たせるものであるべきだ。そこに過剰な安全を持ち込むということは、そういう用途のラストワンマイルモビリティの否定につながる。規制が厳しすぎると足りないものは足りないままになる。

 筆者は特定小型原付の規定を変えてはどうかと思う。特定小型原付は現状ではヘルメットの装着は「努力義務」となっている。時速25km以上の速度は、物理的に出ないようにした上で、ヘルメットを義務付けるのはどうだろうか。そしてそのヘルメットは自転車用で良いことにするのだ。いやむしろ逆かもしれない。自転車用ヘルメットで安全な範囲の動力を持ったモビリティを創出すべきと言った方が良いかも知れない。軽量でコンパクトな自転車用ヘルメットならカバンに入れて電車に乗れる。

 運転免許については難しいところだが、都内での特定小型原付の使われ方を見ると、あのままで良いとはとても言えない。さすがに免許は必要だと思う。

特定小型原動機付自転車の区分

特定小型原動機付自転車一般原動機付自転車(50cc)一般原動機付自転車(2025年以降を予定)
最高速度20km/h以下30km/h30km/h
定格出力0.6kW以下0.6kW以下4kW以下
2025年に改正予定の新基準では、排気量ではなく、定格出力をもって区分とするよう改正予定となっている

 そういう意味では2025年からの新基準として検討中の4kW(5.4ps)以下に出力を抑えた125ccまでを原付一種に再カテゴリーすると同時に、特定小型原付の規定も改定すべきではないだろうか。

 この連載を読んできた方は、主に自動運転などの話で「できることとやっていいこと」の話を何度か目にしていると思う。今、世界はコンプライアンスギャップによって、ある国ではコンプライアンスの罰則が非常に厳しく、別の国では罰則がゆるゆるというダブルスタンダードが広がり、同じ世界で勝負ができないまでに悪化しつつあることをご存知だと思う。

 日本の場合こうした判断が「より安全なことが正義」という結論に達しやすい。しかしそのために掛かるコストについてももう一度考えてみるべきではないか。

 そういう意味では、スズキはこのe-POで、社会全体が何を許容し、何を認めないのかを試しているようにも感じるのである。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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