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更新日:2025.02.14 / 掲載日:2025.02.14

日産の現状を正しく理解するために【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●日産

 2月13日 17:45日産自動車の第3四半期決算説明会が開催された。ただし、押しかけたメディアの目的は決算ではなく、ホンダと日産の協業形態の検討に関する覚書の解約についての説明である。

 すでにリーク記事が飛び交い、週明けから、ほぼバッシングに等しい日産叩きがネットに蔓延している。が、これらは日産の現状を大きく誤解したまま、間違った状況が拡散されている。

 すでに関連記事は計3本書いているのだが、この状態は看過できないので、もう一度、可能な限り簡潔にまとめるので、ぜひご一読の上で、文末のリンクにて事実関係をぜひご自身の目で再確認していただきたい。

 会見では、噂通り、ホンダと日産の経営統合が白紙撤回されたことが説明された。けれどもこの会見を説明する前に、その前段としてこれまでの報道のどうしようもないズレを補正しないと話がわからない。まず最初に日産が明日にも破綻しそうだという理解が完全に間違っている。

 日産の上半期決算において、CFO(最高財務責任者・当時)のスティーブン・マー氏は、キャッシュフローの状況について以下のように説明した。

 「決算をご覧いただければ、ネットキャッシュは自動車事業でも1.3兆円と健全な水準です。流動性も健全で、未使用のコミットメントラインは1.9兆円。キャッシュ相当は1.4兆円。十分なキャッシュは確保できています」

 ネットキャッシュは1.3兆円(1.5兆円)、キャッシュ相当は1.4兆円(2.0兆円)。※カッコ内は5月発表の本決算時の数字。確かに前期から半年の間にネットキャッシュは2000億円、キャッシュ相当は6000億円減っているが、営業利益が90%減の今の状況がこのまま続いたとしても、手元の資金だけでここからまる一年以上は保つ計算だ(1.4兆円÷6000億円)

 さらに未使用のコミットメントラインが1.9兆円あるとも言っている。これは様々な条件によって発動しなくなることもあるので、常にあてにできるかどうかはともかく、額面通り割り算をすれば(1.4兆円+1.9兆円)÷6000億円で、それが半年のペースだから5年半は保つことになる。確かに利益の90%ダウンという状況にあるが、要するに手持ちの資産で当分やりくりが可能である。

日産とホンダは2024年12月23日に経営統合に向けた検討に関する基本合意書を締結した

 12月23日の、ホンダと日産の経営統合の記者会見において、日産の内田誠CEOは、日産が自力で“営業利益90%ダウン”の状態から回復し、しかる後に、対等のパートナーとして、また未来志向の取り組みとしてホンダとの統合を進める。万が一自力救済に失敗した場合は白紙に戻すと発言しており、対するホンダの三部CEOは、それに同意した上で、今回の経営統合が結果を出し始めるのは2030年以降と、つまりは中期計画であることを明言している。もし今すぐに日産が心肺停止の瀬戸際にあるのだとすれば2030年からというスケジュール感ではどうにもならない。

日産は事業構造改革を経て、現在は中期計画「The Arc」により企業価値の向上を目指すタイミングにある

 三部CEOは世界的自動車メーカー、ホンダのトップなので、日産の事業再生計画が1ヶ月や2ヶ月でできるわけがないことはよくわかっていたはずである。普通に考えたら1年は掛かる。なのになぜこのタイミングで破談という結果になったのだろうか?

 以下は筆者の推論である。ホンダのOBをはじめとするステークホルダーは、報道に煽られて「ホンダが身銭を切って死にかけの日産を救済するのだ」と思い込み、事情も知らずに三部CEOを突き上げた。そんなことを言われても、今すぐ日産の再生計画は完了しない。それは三部CEOにはわかっている。その突き上げの激しさに三部CEOは、このままでは経営統合計画の社内調整が進められないと考えたのだと思う。そこで、ひとまず日産がホンダの支配下に入る形での統合という提案を日産に持ちかけたのではないか。

 これについて筆者は質疑応答で内田CEOに質問したのだが、内田氏の回答はあまり明瞭なものではなかった。「これだけ色んなことが、事業環境として起こっている中で、よりスピーディーに進めて行くという中から、シナジーの最初のイニシャルのスタディも相当な金額があったものですから、これを早く進める上では(ホンダ)の提案になったというものです。一方でわれわれとしてそれを受け入れて我々の最大のポテンシャルが発揮できるかと言えば、どうしても最後までそれで行こうという決心ができなかったので、今回進むことができなくなった」。ホンダは結果を急いだということは認めているが、それがなぜなのかについては言及を避けたと筆者は受け止めた。

 日産にしてみれば、最初の話とあまりにも違う。それでは内田CEOが社内調整ができない。日産の自力再生を待てないのであれば、現実的選択肢はない。別に日産が高過ぎるプライドで蹴ったわけではない。相互に「こういう形なら組める」と決めた話が覆ったのなら仕方がないだろう。

 ただ、問題がさらに大きくなってしまった。この騒ぎで、日産は悪者と決めつけられ、特にSNSなどでは罵詈雑言の嵐となっている。それは会見の内容をちゃんと聞いていない誤解に基づいているせいなのだが、ことここまで来ると、もはやそういう空気に染まってしまって説明すらできない有様である。

 問題はここまで日産に逆風が吹くと、国内販売がおそらく失速する。さらに厳しいのは銀行がコミットメントラインを取り消してくるリスクもある。そうなると、きちんと計画されていた事業再生計画が本当に壊れてしまうかも知れない。

「The Arc」では2026モデルイヤーまでの計画として5モデルの新規車種と6車種のフルモデルチェンジを予告

 筆者が言えることはそう多くない。お願いだから一度冷静になって、公式発表を自分で再確認して欲しい。日本の重要な企業日産を国民自ら後ろから撃って、引きずり下ろすようなことはやめるべきだ。普通にやれば実現可能な再生計画なのだ。

 極端に日産批判に傾いた人が続出したことは、ここまで行くとむしろ幸いなのではないかとも思える。これに重ねて、誹謗中傷の言葉を紡ぎ出す能力を持つ人はほぼいまい。

 となれば、次はおそらく逆張り勢が出現する。これだけ極端であれば意外にそのタイミングは早いかもしれない。一度日産擁護論が出始めれば、さして実害の出ないうちに風評が収まる可能性が出てくる。

 ただ筆者が恐れるのは、その逆張りが今度はホンダを餌食にする方へ振れかねないのでは、ということだ。

 さて、今回の会見で判明したことは、この白紙撤回がホンダと日産の関係を破綻させるものではないということだ。経営統合という形の検討は終了したが、個別の協業に関しては、継続的に話し合い。協力関係を継続する意思がある。そういう意味では少しトーンダウンしただけという見方もできる。メディアのファクトを無視した報道で方針が変えられてしまったように見えるが、それが必ずしも不幸な結果になるとは限らない。冒頭から何度も書いてきた通り、日産は短期的な経営危機の渦中にいるわけではないからだ。

 以下いくつか参照リンクを挙げておくのでぜひご覧いただきたい。

Youtubeホンダ公式 12月23日のホンダ日産の経営統合共同会見

池田直渡のnote『ぜんぶクルマが教えてくれる』

グーネットマガジン【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
ホンダと日産の持ち株会社統合の煽り報道

グーネットマガジン【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
いじめ報道に苦しむ日産 -前編-

グーネットマガジン【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
いじめ報道に苦しむ日産 -後編

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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