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更新日:2025.03.02 / 掲載日:2025.02.28

絶好調スズキの新・中期経営計画発表丨池田直渡の5分でわかるクルマ経済

文●池田直渡 写真●スズキ

 ここ数年、スズキは絶好調で、順調な成長を続けている。スズキの経営を見ていると「骨太」とはまさにこのことを言わんばかりのしっかり地に足が付いた戦略も見事だが、それ以上にスズキの場合やることなすこと追い風が吹いてくる。天運を持っているヤツはやはり強い。

 現在の絶好調の原点である1982年のインド進出もまた幸運の賜物だ。年末に惜しくも亡くなった故・鈴木修相談役が何度もインド進出の経緯を説明してきたが、当時スズキはインドに進出したかったわけではない。スズキだって他社のように米国に進出したかったのだ。だが「そんな小さいクルマは要らない」と誰にも相手にしてもらえなかった。

 一方インド政府も、工業化の起爆力にすべく多くの自動車メーカーにインドへの誘致を持ちかけてみたが、工業化以前に水や電力レベルのところからまだまだ未整備な上、国民所得的にもモータリゼーションの夜明けはまだまだ先にしか思えないインドへの誘致に首を縦に振るメーカーは皆無だった。誰にも相手にしてもらえない者同士が、巡り合い「残り物には福がある」話として実ったのが、スズキのインドでのサクセスストーリーである。

スズキ子会社のマルチ・スズキ・インディア社が2025年に生産を開始したインドのカルコダ工場。すでに操業中の3つの生産拠点を合わせてインド国内の生産能力は2024年時点で260万台。さらに新工場に投資し2030年までに400万台の生産体制を目指す

 あるいは今、中国での自動車生産に力を入れ過ぎた会社は軒並み深刻な事態を迎えている。中国政府がスパイ防止法で、企業や個人のスマホやPCの検閲ができるルールを施行したことによって、企業秘密が成立しなくなった。競争領域の機密情報も守秘義務契約を締結して結んだ他社との共有情報も、顧客の情報などの個人情報も、全てが丸裸にされ、あらゆる情報は中国メーカーに筒抜けだ。

 さらに助成金を含めた、民族系メーカーへの露骨な優遇政策によって、もはや中国に進出した外資系自動車メーカーは我先に中国からの撤退レースを繰り広げており、この状況下ではそろそろ取り残される側の自己責任というタイミングになりつつある。

 ところがスズキは、2018年に他社に先駆けて中国から撤退済みだ。撤退を決めた時期がちょうど中国株が大暴落した2015年のチャイナショックの影響期と重なったため、中国経済のこの先の凋落を見切り、スズキは先陣を切って撤退を勇断したのではないかと記者団からしつこいくらいの追及された。

 最初は無難な説明を繰り返していたスズキだったが、繰り返される質問に業を煮やした当時の長尾常務が「中国で売れるクルマが大きいクルマへと移行して、もうウチの小さいクルマは売れないので撤退する。それだけです」と実態を吐露した。現在の外資系メーカーの中国マーケットの低調ぶりと繋げて考えるとスズキの英断にしか見えないが、撤退は全くの別要因だった。

2021年6月からスズキのトップとして舵取りを行なっている代表取締役社長の鈴木俊宏氏

 と、幸運に恵まれるスズキだが、決して棚ぼたの結果ということではない。2月20日に発表された新・中期経営計画を見ると、全てが圧倒的に具体的。他社ではこんな中経を見たことがない。まるでジムのインストラクターが作ったトレーニングメニューのように、これからやるべきことが具体的に列記されている。

 そもそもが2021年から進めてきた現在の中経を予定より1年前倒しでクリアしているだけでもエクセレントなのに、次なる新・中経では、3つの要素から成る。「現場・現物・現実」「中小企業経営」「小・少・軽・短・美」を、行動理念として掲げる。

 “世界中のお客様の立場になって、最適な商品・サービスを提供するために、お客様の本当に必要とするものを、スズキらしいやり方エネルギー極少化 by 小・少・軽・短・美で開発し、お客様に寄り添うこと、製品に込めたお客様への想いを伝えることで、スズキの価値を高め、スズキの製品を選び続けていただくことを目指します。”とスズキ自身が説明する通り、徹底して実用車メーカーとして、ユーザーメリットを追及し、絵空事になりがちな過剰なSDVや、多機能化、過剰装備などの浮ついた高付加価値競争に背を向け続ける宣言である。

「小・少・軽・短・美」の理念に基づいたエネルギー極小化技術戦略

 そうやって付加価値に依存しない実用一点張りの非プレミアム路線を貫きながら、新中経では目指す利益率をなんと10%に置いている。利益率10%は、自動車メーカーの決算書を見てきた人なら一様に驚くであろう数値である。

 10%の利益率は前人未到というわけではない。瞬間風速でよければスバルは17%を記録したことさえある。しかしながらこうして中経の目標に掲げるということは、一回だけ達成したから良いという性質のものではないはずで、それはスズキが「コンスタントに10%を叩き出す会社になっていくぞ」という明確な意思を示している。

 すでにインドで独自の地位を獲得し、アフリカマーケットの夜明けに先頭を切ってリーチしてみせたスズキの成長余地は大きい。実際、新・中経では現在317万台の四輪販売台数を420万台まで伸張させる計画だ。インドとアフリカという巨大マーケットに先鞭をつけたスズキは、長期的にはトヨタ並みの1000万台を狙える位置につけている。スズキの動向から目を離せない。果たしてこの勢いがどこまで続くのか、そういう意味で、スズキほどに明るい未来を見通せる会社はなかなか他にない。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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