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更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.04.30

ホンダは約束を果たせるのか?【池田直渡の5分でわかるクルマ経済 第4回】

文●池田直渡 写真●ホンダ

 4月23日、本田技研工業株式会社の新社長に就任した三部敏宏(みべ としひろ)氏が就任会見を開いた。2代にわたって中国ビジネス派閥の社長が続いたが、三部社長は中国派閥に対して距離を置いてきたと噂されており、そういう意味では筆者の期待は大きかった。ここしばらくホンダの中国依存の拡大に危惧を覚えてきたからだ。

 ところが、全く想像外の点で、筆者は非常にがっかりすることになった。ストレートに書こう。三部社長はなんと、2040年に内燃機関からの撤退を発表したのだ。それはつまり政府の発表した2050年のカーボンニュートラルに対して、バックキャストで求めた答えであった。
 
 以下に社長就任会見の模様を収録した公式動画へのリンクを記載するので、あわせてご覧になっていただきたい。

YouTube 本田技研工業株式会社 (Honda)「Honda 社長就任会見」

  • 2021年4月23日に社長就任会見を行った本田技研工業株式会社 代表取締役社長 三部敏宏氏

    2021年4月23日に社長就任会見を行った本田技研工業株式会社 代表取締役社長 三部敏宏氏

  • 「地球環境への取り組み」として、環境負荷ゼロに向けた3つの取り組みを紹介した

    「地球環境への取り組み」として、環境負荷ゼロに向けた3つの取り組みを紹介した

「2050年カーボンニュートラル」に向けたホンダのロードマップとは

 2050年にカーボンニュートラルを実現するのであれば、その頃路上を走っているクルマのCO2排出はゼロでなくてはならない。ホンダではクルマの寿命をざっくり10年と見ており、逆算すれば2040年にはCO2を排出する新車の販売をストップしなくてはならない。

 そう考えるのであれば、ホンダが「コンベ車(コンベンショナルなクルマ)」と呼ぶ、純ガソリン車のみならず、ハイブリッド(HV)もプラグインハイブリッド(PHV)も止めなくてはならない。三部社長は「自動車メーカーとしてはまずタンクtoホイールでのCO2排出をゼロにすることが責務」だと言うのだ。

 だとすれば、今売り出し中のe:HEVも含めて、ホンダは内燃機関から全面的に撤退するということを意味するわけだ。エンジンは一度設計したら改良を加えながら長く使うものなので、40年以降、新車への内燃機関の搭載を止めるとすれば、当然のこと、少なくともその10年前の2030年には、内燃機関の開発部門は解体することになるはずだ。逆にそうしないならば、2040年に内燃機関ゼロを目指すという発表自体が「盛ったハナシ」あるいは「大風呂敷」だということになる。もちろんそれは社内のエンジニアだけの話ではない。サプライヤーも同様だろう。エンジニアにしてもサプライヤーにしてもホンダの言う様に「EVまたはFCV」の専門に転向できるのならば良いが、それもなかなか難しいはずで、となれば座して整理対象になるのを待つことになりかねない。

 筆者は、ホンダが本当にそういう決意の下、確信を持ってEVとFCVに集中していくと言うのであれば、その意思は尊重するつもりだ。筆者とは未来の見立てが違うのだが、私企業であるホンダが自らの責任においてそういう道を選択するのであれば、その意思は尊重されるべきだと思う。もちろん、筆者はそれが上手く行くとは言っていないし、その部分の意見の相違については反論し続けるとは思う。

 しかし、今回のホンダの会見の中で、真に問題だったのは、ホンダ自身が信じてもいないことを発表したことだ。記者会見後の質疑応答で三部社長は、かなり苦しい説明に終始し、率直に言って、内燃機関卒業と、EVまたはFCV化による成長プランを何一つ説明できなかった。

 むしろ、その説明は、高く厳しいハードルを順に説明する形となり、確かな勝利ルートへの青写真どころか、聞きようによっては「できない言い訳」とも捉えられるものだったのだ。

EV、FCVに注力すると宣言する一方で他の技術にも含みをもたせた

ホンダは「世界一のパワーユニットメーカー」から電動化に向け大きく転換することになる

ホンダは「世界一のパワーユニットメーカー」から電動化に向け大きく転換することになる

 その後話は核心へ向かう。「まだ20年ありますので、これからまた新しい技術が出来れば、そういうものも加わると思いますが、今日の時点ではあまりボケないように、敢えて今手の内にあるEVとFCVと言う言い方をしております。2050年カーボンニュートラルという目標においては、先送りにして最後で辻褄(つじつま)を合わせることはできないので、政府提案の2013年比で2030年に46%削減という目標は極めて妥当な数字であると思います。非常に厳しい高い目標ではあるかとは思いますが、ホンダとしても全面的に支持するとともに、全力を挙げて達成に向けて取り組んで行きたいと思います」。

 つまり、EVとFCVに絞った様な説明はしたものの、その他にも様々な技術があること、そしてそれらの進歩によってはそれらを視野に収めることも当然含むこと。そして何より「ボケないようにEVとFCVに絞った」と言っているのだ。前半のプレゼンと後半の質疑応答を比べると、そもそもの趣旨が激突と言って良いくらい矛盾している。そして聞いた印象としては、明らかに質疑応答での三部社長の言葉の方に、エンジニアとしての本音なり誠実さがあったように思う。

 つまりこの会見は、真実を伝えると話が複雑になるので、ラクをして分かり易い話にしてしまったということではないのか? ホンダは「分かりにくい誠実な取り組み」を説明する手間を端折って、世間が聞きたいように説明したのではないかと筆者は感じた。

 もっと問題なのは政府である。説明の諸処に出て来る「2050年カーボンニュートラルを前提とすれば」という言葉には、実は所与の条件自体が無理だという意味が言外に含まれていたのではないか? それは政府が私企業に対して無理な目標の押しつけを行っているということである。無理なものは無理なので、ゴールまでの具体的プランが示せないのは当然だ。プランが示せないなら覚悟で言い切るしか道は無い。だからやたらと分かり易く威勢が良く、しかし具体性のないプランを出さざるをえなかったのである。

 ただし、ホンダの説明の仕方も悪い。できないことはできないと答えることが誠実な態度ではないか? それを飲み込んで出来ると答えて、世の中に誤解を撒くくらいならば、そこは反対すべきである。自工会の豊田会長にひとりで戦わせている場合ではない。日本の自動車メーカー、ひいては自動車産業に関わる550万人が、政府の無理難題にノーを言うべきである。それはカーボンニュートラルを目指さないということではない。CO2を削減するために全力を振り絞るべきだし、努力をすべきなのは当然だ。しかしそれは、実現の可能性すらない無茶な提案を、政府に忖度して丸呑みにすることは意味しない。

 ホンダは自らした約束を守れるのか? それともノーを突き返すのか。社内のエンジニアもサプライヤーも今回の説明でおそらくは大変不安な日々を過ごしているはずである。可能であれば考え直して、もう一度、本当の本音を誠実に語るべきではないだろうか?

今回のまとめ

・ホンダはEV、FCVの販売比率を2040年にはグローバルで100%を目指す
・先進国向けに新EVプラットフォーム採用モデルを展開していく
・日本では2030年にはハイブリッドを含めて100%電動化
・バッテリー調達は「地産地消」、全個体電池の実用化も目指す

執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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