車の最新技術
更新日:2021.06.11 / 掲載日:2021.06.11
ホンダeとMX-30の走りを深掘する【石井昌道の自動車テクノロジー最前線 第10回】
文●石井昌道 写真●ユニット・コンパス
EVテストで同日に試乗したマツダMX-30 EVモデルとホンダeは、奇しくもバッテリー容量が35.5kWhとまったく同じ。他のメーカーは、航続距離が短いEVの課題を克服するべく、なるべくバッテリー容量を大きくしようと躍起になっているなかで、MX-30は現状の電源構成を考慮したなかでの環境負荷低減を果たすため、ホンダeは家庭で夜間に普通充電して使いやすい適切な容量であり街中ベストのシティコミューターとして仕立てたということだった。
もう一つ個人的に付け加えれば、エンジン車やハイブリッドカーではCO2排出量を削減するために燃費性能の良さをアピールしていたのに、EVになると電費はそっちのけで航続距離ばかりがクローズアップされることに違和感がある。バッテリー容量が少ないと航続距離は短くなるが、軽くて電費は良くなるだろうから、そういったモデルももっと評価されるべきなのだ。
そういった意味で好感を持っている2台だが、それぞれ走りにもこだわっているところが面白い。
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コンパクトカーの領域を超える運動性能
ホンダeは、EVならではの定重心とモーターをリヤに搭載し後輪を駆動するシャシー設計で卓越した運動性能を実現する
ホンダeは車両重量1540kgでモーターの最高出力は154馬力/3497-10000rpm、最大トルクは315Nm・0-2000rpm、MX-30は1650kg、145馬力/4500-11000rpm、270Nm/0-3242rpm。どちらも常用域はモーターだけあってトルキーで同クラスのエンジン車やハイブリッドカーよりは頼もしく走ってくれるが、大容量バッテリーでハイパフォーマンスなEVのように強烈な加速を楽しませる類いではない。だからこそ、シャシー性能に磨きをかけ、EVならではのハンドリングや乗り味で勝負しているのだ。
EVテストでも述べたが、ホンダeは開発当初、FWDも検討されていたそうだが、たいはんのエンジニアはRWDを望んでいたそうだ。前輪の切れ角が大きくとれて小まわりが効き、シティコミューターとしての美点を伸ばせることなどが大義名分ではあるが、痛快なハンドリング・マシンにできるという下心的なものも、もちろんあったという。
それは想像以上に高いレベルで実現されている。ワインディングロードのみならず、テストコースで思いっきり走らせたこともあるが、コーナーでは少ないロールで狙ったラインをビタッとトレース。限界はあきれるほどに高く、どこまでも攻めていきたくなるのだ。コーナリング中に路面にギャップなどがあってもサスペンションはしなやかで、姿勢は乱れない。ロールは少ないのに、硬さによる悪影響がないのは、低重心だからに他ならない。バッテリーを床下に配置するEVならではの持ち味だ。RWDらしい楽しさは、低速なヘアピンコーナーなどで、より感じやすい。
後ろ足で路面を蹴り上げていくような強大なトラクションは、トルクの太さが強調される低回転域のほうが実感しやすいからだ。道幅が狭くてクネクネと曲がったコーナーが連続している場面などでは、他では味わえないほど痛快で、速さも相当なもの。EVテストの試乗時も、うっかりワインディングロードを楽しみすぎて帰りが心配になるぐらいバッテリー残量を減らしてしまったが、それだけ走りがいいのである。
EVモデルがシャシー制御技術のお手本になる
安定したフォームでコーナーをクリアするMX-30 EVモデル
MX-30 EVモデルは良好な重量配分などEVならではのシャシーポテンシャルに加えてGVC(Gベクタリングコントロール)が素晴らしい。
GVCはドライバーのステアリング操作に応じて、エンジンもしくはモーターの駆動トルクを変化させることで、タイヤへの接地荷重を最適化する制御システム。たとえばステアリングを切り始めると、駆動トルクが減少して前輪の接地荷重が高まり、つまりタイヤを路面に押しつけることで曲がりやすくする。ドライバーがそれと感じるほど強く減速するわけではなく、制御には気付かないが、たしかにスムーズで思い通りに曲がっていってくれる感覚はある。以前に、実験車両でGVCあり/なしを比較したことがあるが、効果は大きかった。曲がる力がもの凄く大きくなるというほどではないものの、素直に曲がっていくのが気持ちいいのだ。
このGVCに求められるパワートレーンは、微少な駆動コントロールをレスポンス良く応えてくれること。エンジンでは、2012年から採用されているスカイアクティブ-Gやスカイアクティブ-Dで初めて成立できたそうだ。それ以前の世代のエンジンではレスポンスが良くないので、適正な制御にならなかったという。エンジンに比べるとモーターは理想的だ。レスポンスは極めて良く、制御の自由度も飛躍的に高い。だからMX-30 EVモデルのシャシー性能は驚くほどに高いのだ。曲率の大きなタイトコーナーでも、ステアリングを切り込んでいけばグイグイと曲がっていってアンダーステア感がない。ステアリングを戻していったときにもGVCが働くから、立ち上がっていく動きもスムーズで、運転が上手くなったように感じられる。これは何もワインディングロードをそれらしく走らせているときに限らず、街の交差点を何気なく曲がるときにも感じられる気持ち良さだ。
また、高速道路での直進安定性やサスペンションがスムーズに動いていることによる乗り心地の良さや上質感などもMX-30 EVモデルの持ち味。今後、いいクルマ、ハンドリングの気持ちいいクルマなどを作ろうとしたときに、シャシーのエンジニアはもうEV以外に考えられない、となってしまいそうで心配になるぐらいだ。
とはいえ、GVCはまず制御の自由度の高いEVで開発して特性などを見極め、それをエンジン車に落とし込んでいくことで世に出てきた。シャシー性能の高いEVをベンチマークとして、エンジン車やハイブリッドカーをどうすればそれに近づけるかを考えていけば、大いにレベルアップが図れるだろう。MX-30 EVモデルによってマツダ車全体が底上げされることが期待できるのだ。
執筆者プロフィール:石井昌道(いしい まさみち)
自動車ジャーナリストの石井昌道氏
自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。
【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】は週刊連載です。次回のテーマは「人と車のテクノロジー展」です。どうぞお楽しみに!