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更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.06.18

モビリティカンパニー時代の中古車ビジネス 後編【池田直渡の5分でわかるクルマ経済第11回】

文●池田直渡

 先週は中古車買取専門店が始めたビジネスを、自動車メーカーがその強力なディーラー網を使って奪取していく戦略の入り口まで説明した。

自動車メーカーによる認定中古車ビジネスの仕組み

 新車の販売時に残価設定ローンと、メインテナンスパックを上手くアピールし、その果実として、定期点検が確実に行われ、記録がパーフェクトに整った質の高い中古車を数年後に手に入れる。

 この作戦は奥が深い。例えば新車購入時の値引きを20万円したとしよう。これをやると中古査定の基準となる新車価格が下がるので、同型の中古車相場が落ちる。

 仮に新車販売台数の内半分だけしか値引きを行わなかったとしても、同型車両の全てのユーザーの資産価値を毀損させる。マーケット全体にレバレッジがかかってしまうのだ。

 反対に、中古車を20万円高く買い取ればどうなるか? これもまた全ユーザーの資産価値に影響を与えるだろう。つまり、20万円をメーカーが負担するにしても、値引きに使うか、買い支えに使うかはブランド価値全体に大きな影響を与えるのだ。プラスに使えば、ユーザーは次の新車を買うためのより豊かな原資を持つので、相乗効果で買い換えにも効いてくる。

 しかし、状態の良くない中古車に無理矢理買取奨励金を突っ込んで、高取りしても、次に中古を買う客は程度の悪いクルマを高く買ってくれるかどうかは怪しいし、上手く行っても長続きしない。

 どうせ使うなら、相場操作ではなく、中身の商品価値を維持向上するために資金を使った方が良い。例のひとつが先に挙げたメインテナンスパックだ。これは格安にしてでも是非付けてもらった方がメーカーにとっても得になる。

 あるいはマツダが面白い取り組みをしている。ディーラーで新車を購入する際、マツダの保険商品「スカイプラス」に加入すると、年に一度最大6万円までの板金修理が自己負担額2万円で受けられる。しかも車両保険を使用しないので等級も下がらない。

 つまり小さな擦り傷を付けてしまって、修理しようかしまいか迷う様な局面で、ある種のポイント期限みたいなものが一年ごとにやってくる。期限内なら修理は2万円だけでできるとなれば、背中を押されて修理するケースは増えるだろう。かくして、残価設定ローン期間が終わった時、外観のキレイなクルマが入庫するわけだ。

 車両コンディションの維持は最も重要な作戦だが、他にも多種多様な作戦がある。クルマは地域によって売れ筋のモデルが違う。例えば東京では人気だが大阪では今ひとつとか、あるいは東名阪エリアでは高値が付くが東北では安いとか。

 自動車メーカーは全国のディーラーネットの強みを活かし、データを収集して、地域ごとの相場差を考慮して、より売れる地域で売る。これも敢えて人気の低い地域で相対的に安い価格で売る必要がなくなるので、相場の押し上げに効いてくる。

クルマ本体のネット販売実現へ向けて、中古車を使ったトライが始まっている

オークション会場に並ぶ中古車

メーカーによる中古車のオンライン販売も始まっている(写真はイメージ)

 もうひとつ、いま自動車メーカーにとって、大きなチャレンジが、クルマのネット販売だ。ネットによる販売はテスラが先鞭を付けた方法だが、彼らと同じ様に販売サービス拠点を無駄と考えてネット販売をするわけではない。

 テスラは今の台数だから少ないサービス拠点でさほど問題が表面化してないが、それでも札幌のユーザーに対して横浜の修理工場で修理を終えたクルマを取りにくるように言って炎上したりもしている。やはりオーナーに安心してクルマを使ってもらうためには、販売とサービスの拠点は必要なのだ。

 しかしながら顧客の嗜好も変化し始めている。見ず知らずのディーラーを訪問して、海千山千の営業と掛け合いをしたい人ばかりではない。非対面で、対人ストレスなく、ネットでサクサクと契約をして買いたいという層も出て来ている。そこに目を付けたのがトヨタの中古車オンラインストアだ。

 もちろんトヨタはやがて、これを中古車だけではなく、新車にも広げて行くつもりだろうが、今の所中古車だけである。

 新しいのは、名前や住所を記入する前に見積もりが取れることだ。だから何件見積もりを取ってもうるさい営業電話がかかってくることは無い。もちろん見積もりで様々なオプション部品やサービスを選ぶことも可能だ。例えば有償の保証年数を選んで設定することができる。

 さらに、クルマの写真を見てコンディションがわからない場合、例えば「タイヤの山の残りはどの程度ですか?」と問い合わせると、担当が写真を添えて説明してくれる。これらの質問と回答は、車両ごとにスレッドになっていて、他の人も閲覧できる。その代わり、納車の時まで実車を見ることはできない。そして納車は店頭でしか行えない。

 ネット上でのやりとりで十分に納得が行ってから初めて個人情報を入力する。ローンの審査までオンラインなので、仮に落ちたとしても、面前で恥をかかされることもない。納車まで顔を合わせずに済むことのメリットだ。

 トヨタでは2019年からこのシステムを試験運用してきたが、面白いことに売れ筋は主に50万円以下の安い中古車だったと言う。それはそうだろう。300万円の中古を買うなら、実車を見たい。逆に言えば50万円の中古は元々博打性が高い。壊れる可能性はそれなりにある。だったら、それに有償の保証をつけてメーカー系ディーラーから買うことの意味は大きい。

 つまり、冒頭で説明した程度の良いアプルーブドカーは店頭で、もっと安いクルマはネットでという中古車販売の住み分けが始まりつつある。トヨタの中古車オンライン販売のキモは、売る側の手間の省略だ。安い中古車を売るのに膨大な手間をかけていては利益が出ない。そこをネットで概ね自動化してしまうことで、省力化を図り、低年式の中古車まで扱える様に仕立てたのがこのビジネスのミソである。

 新車を売ることが仕事であった自動車メーカーは、今急速にモビリティカンパニーとして、業態を変え始めている。その中核となるのが中古車ビジネスである。

今回のまとめ

・新車と認定中古車販売は自動車メーカーにとってタイヤの両輪
・高品質な中古車が生まれる仕組みを作ることで、自社ブランドの価値底上げを図っている
・将来に向けたオンライン販売のトライとして、中古車のオンライン販売が始まった

執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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