車の最新技術
更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.07.09

間近に迫る世界バッテリー戦争【池田直渡の5分でわかるクルマ経済第14回】

文●池田直渡 写真●ダイハツ、ホンダ、トヨタ

 ここ数日世間を賑わしたのは日産が英国サンダーランド工場にあらたにバッテリー生産工場を立ち上げるというニュースで、ボリス・ジョンソン英首相が視察に訪れて計画を賞賛するなどの動きがあった。

 このところ、欧州を中心にバッテリー工場立ち上げのニュースがまさに雨後の竹の子の様に続いている。ネットでざっと検索して見つけたニュースを拾い出してみる

自動車メーカーとサプライヤーが世界中でバッテリー工場を建設中

エンビジョンAESC社

エンビジョンAESC社は、日産サンダーランド工場の隣接地に新たな9GWhのギガファクトリーを建設している

■メーカー系

日産
1500億円を投資して英国サンダーランド工場にEV用バッテリー工場(エンビジョン)を建設茨城県に6GWhの工場を建設

GM
2400億円を投資して米国オハイオ州に30GWhの工場を建設

VW
欧州6都市に年産240GWhの工場を建設

ボルボ
17億円を投資して中国江西省カン州市に4.2GWhのバッテリー工場を建設

テスラ
ドイツブランデンブルク州に当初100GWh、将来的に250GWhの工場を建設


■サプライヤー系

CATL
テスラ上海工場の近隣に年間80GWhのバッテリー工場を建設
2130億円を投資してドイツテューリンゲン州に14GWhの工場を建設

LG
1000億円を投資して米国テネシー州に140GWhのバッテリー工場を建設

SKイノベーション
段階的に8660億円を投資し、米国ジョージア州などにバッテリー工場を建設。第1段階としては60GWh。

ブリティッシュボルト
英国ノーサンバーラント州に30GWhのバッテリー工場を建設

オートモーティブ・セルズ・カンバニー
2600億円を投資してフランスシャラント県に24GWhのバッテリー工場を建設

フレイ
ノルウェーヌールラン県に34GWhのバッテリー工場を建設

ファラシスエナジー
ドイツザクセンアンハルト州に10GWhのバッテリー工場を建設

EVLOMO
タイチョンブリ県に8GWhの工場を建設

SVOLT
2500億円を投資してドイツザールラント州に24GWhのバッテリー工場を建設


 ちなみに車載用リチウムイオンバッテリーのグローバル総生産量はいくつかの見立てが存在する。おそらく車載用に限っての計算か、その他用途向けを含むのかで数字が変わるのだろうが、2020年実績はわずか200GWh程度と言われており、上に掲げた各社の目標を合計すると、そこに800GWhもの新規生産が追加されることになる。

この他にも単に増産とだけ発表され、拡大量の定かで無いものもあるし、公式発表されていないものも当然あるだろう。ということで、これはあくまでも氷山の一角ということになる。おそらく少なく見ても1000GWhくらいは、多ければ1500GWhくらいの増産計画があると見た方が良い。

そしてバッテリー生産量がせいぜい200GWh程度の現状ですら、原材料となるレアメタルの確保はすでに奪い合いの様相だ。果たして、世界各地にこれだけの工場が新規に立ち上がって、生産を維持するだけのレアメタルが本当に供給されるのだろうか?

バッテリー工場が増えても製品供給に不安が残るワケ

ということで資源エネルギー庁の以下のページを参照してみる。<リンク:資源エネルギー庁「EV普及のカギをにぎるレアメタル」>

 レアメタルの中で特に問題となるのが、リチウム、コバルト、ニッケルの3つだ。現状レアメタルは中国によって寡占されている。その理由は、中国共産党が意図的にレアメタルの廉売戦略を取ったことによる。世界各国の鉱山はこのダンピングに負けて、多くが閉山に追い込まれている。

 鉱業は、本質的に環境負荷と労働者への健康負荷が高く、ルールを守る先進国が競争上不利になる。規制がゆるゆるの途上国で主要産業になるのは、規制に対応しない方がコスト競争力が高いからだ。中国の場合、先進国の機械力を使った上で、途上国並みの安い人件費と国際的な環境規制を無視という「先進国と途上国のハイブリッド型」のやり方で採掘するので誰も価格的に戦えない。代わりに河川が赤や緑に染まったわけだ。

 逆に言えば、国際的な圧力で中国によるレアメタルの不当廉売が規制され、価格が上がっていいのであれば、リチウムとニッケルは何とかなる可能性が高い。

 しかしコバルトはもう少しやっかいだ。コバルトの生産量の国別ランクを見ると<リンク:JOGMEC「コバルト生産技術動向」>トップはコンゴ民主共和国の49%、2位がオーストラリアの14%、3位がキューバの7%、4位がフィリピンの4%、5位がザンビアの4%という具合でコンゴに著しく偏っている。

 しかもコンゴは30年前にルワンダから飛び火した反政府軍と政府軍の内戦状態がいまだに続いており、世界最貧国のひとつだ。どちらの勢力にとっても、戦費を賄うために鉱物資源は極めて有用な産物で、政府軍管理下になろうが、反政府軍管理下になろうが、子供達が採掘させられて搾取される構図が続いている。あるいは両軍の一進一退の地帯では反社会勢力が両軍に変わって搾取を続けるという本当にひどい有様である。

 これを見た先進諸国では、コンゴからのコバルト購入を禁止する動きもあるが、現地の人達からは、搾取されようともそれで食って行けるのは採掘の仕事があるからとの声も出ている。確かに他に食う手段があるなら搾取の構造は定着しない。他に食う手段がないのだ。もう本当に一筋縄では行かない状態である。

 成立趣旨からして、ESG投資は、中国の環境負荷の高いレアメタル開発や、コンゴのこんな状態を見過ごして良いはずはないのだ。軍事勢力によるこどもたちへの労働搾取や、反社会勢力の資金源問題、採掘による環境汚染を解決するべきだ。極めて強いメッセージで「誰ひとり取り残さない」と宣言したのはなんなのか?

 これだけの問題を放置したままEV用バッテリーメーカーに集中的に投資するなど、ESGの観点から言えば言語道断である。が、不思議なことに本当に難しく、危険な問題には全く立ち向かおうとせず、日本の自動車メーカーに文句を付ける時だけは世界を背負うがごとく勢いで勇ましい。

 さて、コバルトの問題が難問過ぎるので、今注目を集めているのがリン酸鉄系リチウムイオンバッテリーだ。基本的にはコバルトの使用量が少ない。最大のメリットは発火の危険性が少ないこと、さらに一般にコバルト以外の希少金属の使用も少ないとされるが、引き替えにエネルギー密度が低い。

 つまり結果的にサイズが大きくなるか、航続距離が短くなる。現状多数派のコバルト系リチウムイオンバッテリーですら航続距離に問題を控えている。リチウムイオンバッテリーのエネルギー密度がこのタイミングで今以上に後退するのは、EVの普及にとってなかなかに手痛い問題である。

 ということで、これだけバッテリー工場の建設が進むと、少なくとも向こう10年程度の中期的には、資源は間違い無く不足し、そこでバッテリー価格の上昇が起きる。「EVは安くなる」理論の危機である。かと言って、レアメタル問題を避けてリン酸鉄系に逃げると、再び航続距離が少なくなって、性能が落ちる。

 超長期的にはやがて技術の進歩や、国際政治の力によって、問題が解決されていくことになるだろうが、それは思ったより長い時間がかかるだろう。

 なので、順当に考えると、これだけ林立したバッテリー工場の中には、やがて原材料入手難で操業が止まるところが出て来る。原材料調達に秘策がある会社だけが生き残れる過当競争の時代に入るわけだ。そして仮にそういう勝者と敗者に分かれた世界になると、敗者が投資した工場はたたき売られて勝者の総取りになるだろう。

 では、誰が勝つのか? もちろん原材料入手に秘策があるところが有利だが、その他の要素を見比べると、EV比率を高く振った会社ほど厳しいことになる。商品価格が高騰すればクルマが売れない。ストロングハイブリッドやマイルドハイブリッドなど、バッテリー搭載量を抑える製品がラインナップされていて、バッテリー高騰下でも売る商品があるメーカーは良いが、無ければ非常に厳しくなる。あとは政府が補助金をどこまで突っ込んで後押しするか次第だろう。

 こうした数々の問題はあろうとも、やがて、EVの時代はやってくるだろう。筆者は世界の全てのクルマがEVになるのは今世紀中には無理だと思うが、2割や3割のクルマがEVになる時代はそこまで遠い話ではないと思う。筆者的には3割超過をもってEV時代と定義したい。

 そして結局の所、その手前に立ちはだかるバッテリーの価格高騰時代の淘汰をやり過ごせる体力があるところが、椅子取りゲームに勝ち残って、本当にやってくるEV時代に勝ち残ることになるはずだ。

 はてさて、世界バッテリー戦争の行方やいかに?

今回のまとめ

・EV化を加速させるべく、主要部品であるバッテリーの製造工場が建築ラッシュ
・工場が完成しても、原材料となるレアメタルは現状でも供給不足
・原材料を調達できない工場は稼働率が維持できず、競争に負ける可能性が高い

執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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