車の最新技術
更新日:2021.11.26 / 掲載日:2021.09.03

自動運転技術は視覚障害を救うか【石井昌道の自動車テクノロジー最前線 第21回】

文●石井昌道 写真●ユニット・コンパス

 SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)の自動運転では、視野障害を有する者に対する高度運転支援システムに関する研究が行われた。その背景には、2015年に北海道で起きた事故で、運転者が重度の視野狭窄を自覚しながら死亡事故を引き起こし、有罪となったこと、その際、裁判官は眼科医の適切なアドバイスが必要などと踏み込んだことなどがある。

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車両の自動化が進むことで、その技術が視覚障害者の運転補助にもつながる

視野障害を再現したシミュレーター。画面のほとんどが黒く覆われ、視野が中心のわずかしかないことがわかる

視野障害を再現したシミュレーター。画面のほとんどが黒く覆われ、視野が中心のわずかしかないことがわかる

 日本の免許は視力を重視した制度設計となっているのに対して、欧米では視野を重視しているところも少なくない。つまり、視野障害者、視野狭窄者の運転というのは日本独自の課題であり、これをADAS(高度運転支援技術)によって安全確保しようという取り組みだ。

 緑内障や硬膜色素変性症、脳腫瘍といった病気で視野が狭くなってしまう視野狭窄。緑内障だけでも40歳以上では20人に1人、60歳以上では10人に1人といわれるほど多い。

 しかも、とくに視野の中心部は視力が残されていて、その他の範囲でじょじょに視野欠損が進行していく場合などは自覚症状があらわれにくいのが問題だ。たとえば、家族や友人などが運転するクルマに同乗していて、何かにぶつかりそうになったり、信号を見落としそうになるなどを何度も繰り返している、なんてことがあるかもしれない。あるいは、実際によく事故を起こしていることもあるだろう。本人は「ちょっとうっかりしていた」ぐらいに思っているかも知れないが、何かがおかしいと感じたら、視野障害を疑って一度眼科を受診させてみるべきだと専門家はいう。

 視野の欠損は上方、下方、あるいはどこかの一部といった箇所、さらに軽度か重度かなどといった感度の様々なパターンがある。SIPの研究では、ドライビングシミュレーターを用いて視野障害者と健常者の運転データベースを構築し、視野障害者特有の事故要因の把握、また視野障害の部位や程度に応じた事故要因を明確化させることから取り組んだ。そこから視野欠損タイプによって起こしやすい事故場面が分析され、また視野障害が必ずしも危険には直結しているとは言い切れず、症状の程度を見極めることが重要であることがわかっている。

 ADASを利用することによる事故低減効果の検証では、運転車の視野角を正常眼140°、中等度障害40°、重症度障害20°とし、ADASのシステムを警報のみか警報+AEB(被害軽減ブレーキ)、用いるセンサ(カメラ等)を普及版の40°、高級版の140°として検証すると、高級版センサとAEBの組み合わせでは事故率が大きく減少することがわかった。

 問題なのは、ADASは各メーカー、各自動車によってシステムが異なり、機能も性能も違うこと。それが混在していて、情報がユーザーにきちんと伝わっていないことだ。AEBがついてはいるが、それがどの速度域で作動し、視野角はどれぐらいあるかなどは整理されていない。眼科医の先生に言わせると「効能を説明しないまま薬を処方しているようなもの」ということになる。

 ただし、2021年11月からAEBが義務化され、試験方法は、静止車両に対しては40km/hで衝突しないこと、20km/hの走行車両に対して60km/hで衝突しないこと。対歩行者の試みでは5km/hで歩いて横断しようとしている歩行者を30km/hで衝突しないこと、しかも身長115cmの6歳児相当ダミーが使用されるとなっており、自ずとセンサも性能も高度化される。ホンダ・フィットを例にとれば、先代モデルのセンサは視野角50°だったが、新型では100°に広角化されている。つまり、普及版センサも100°程度には高性能化されるが、視野障害者の事故低減に大きな効果があった高級版センサの140°には届いていない。

 音声等で状況や危険性などを伝えることも重要だと考えられていて、とくに信号情報は有効だろうと期待されている。次の信号は何秒後に青から赤に変わる、などのアナウンスがあれば、視野障害者のみならずあらゆるドライバーの安全運転の助けになるはずだ。

 これについてはSIPの東京臨海部実証実験に期待したい。これまでは各信号に発信器を取り付け、自動車の受信器によって信号情報を得るV2I(狭域通信)と呼ばれる方式で実験していたが、今秋からはV2N(公衆広域ネットワーク)に切り替えての実証実験が始まる予定。携帯電話などの電波を利用するので、インフラ整備なしに全国規模で信号情報が送れることになる。社会実装されれば交通社会全体の安全性向上に役立つだろう。

 現在は、ドライビングシミュレーターを備え、視野欠損と運転能力におよぼす影響から安全運転への注意点をアドバイスする運転外来がじょじょに拡がりつつあり、とくに40歳以上のドライバーは受診することをオススメしたい。

 また、視野障害を認識することは重要ではあるものの、公共交通機関が不十分な地域、職業運転車などにとって、運転できるかどうかは死活問題でもあるので、免許制度の検討を含めて議論を深める必要はある。SIP-adusウェビナーでは視野障害と運転、自動運転、高度運転支援の役割についてウェブセミナーを開催。全3回中2回は終了しているが、アーカイブが用意され、次回は今冬に予定されているので(参加無料・事前登録制)、興味がある人は是非ともSIP cafe自動運転(https://sip-cafe.media)を参照して欲しい。

執筆者プロフィール:石井昌道(いしい まさみち)

自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。

【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】は週刊連載です。どうぞお楽しみに!

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石井昌道(いしい まさみち)

ライタープロフィール

石井昌道(いしい まさみち)

自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。

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