新車試乗レポート
更新日:2024.08.22 / 掲載日:2024.08.22

エンジンのないアルファを愛せるのか?【アルファ ロメオ ジュニア】【嶋田智之】

文●嶋田智之 写真●アルファ ロメオ

 この4月にアルファ ロメオ ジュニアが“ミラノ”という名前でデビューした直後、僕はSNSやニュースサイトのコメント欄などのあちこちをチェックしまくって、なかばおもしろがるような気分でいた。

ニューモデルが登場するたびに行われる議論

 予想していたとおり、世界中でいろいろな議論が交わされていた。アルファ ロメオがニューモデルをローンチしたときには、いつもそうなのだ。それもほとんどの場合は、否定的な意見が勝っていたりする。アルファ ロメオというブランドへの想いが強くて新しいモノをすんなり受け入れることができない人、もしくはすんなり認めることをよしとしたくない人が少なくないからだ。

 予想を大きく超えていたのは、その否定的な声がいつも以上どころではなく大きかったこと。まぁわからないでもない。

アルファ ロメオ ジュニア エレットリカ 280 ヴェローチェ

 ひとつはそのルックスが、これまでの流れを分断するかのようにアグレッシヴだったから。最初は僕自身も戸惑ったほどだ。そして純内燃エンジンのモデルというのがラインナップの中に存在せず、バッテリーEVがメインとなるマイルドハイブリッドとの2本立てというシリーズ構成であることが大きい。

 時代の必然として理解はしていながらも、やっぱり落胆させられた、という人が多いわけだ。アルファ ロメオの熱心なファンには、それまでの世界観をブチ壊すような革新を喜ばない保守派が多いのである。写真や動画からのファーストインプレッション、メディアのレポートなどで見聞きしたクルマの基本構成に、“アルファ ロメオらしくない”と発言した人の何と多かったことか。しかも、それは世界的な傾向だったのだ。

アルファ ロメオ ジュニア エレットリカ 280 ヴェローチェ

 けれど、アルファ ロメオの聖地というべきバロッコのテストコースで実車をナマで見て、走らせてみて、僕はジュニアを“見事なまでにアルファロメオらしい”と感じてる。バッテリーEVにしか乗れない時代が──来ることはないだろうけど──もし来たなら、ジュニアを選ぶだろうとすら思ってる。出来映えが期待を軽々越えていたのだ。

若い世代をターゲットにしたデザイン言語

アルファ ロメオ ジュニア エレットリカ 280 ヴェローチェ

 ジュニアはアルファ ロメオにとってひさびさとなる、コンパクトなモデルである、2018年にミトが、2020年にジュリエッタが生産終了となってから、そこを埋めるためのモデルは存在していなかった。同じアルファでいうならトナーレがややコンパクトといえなくもないけど、それでも全長は4530mm、全幅は1835mmある。対してジュニアは全長が4173mm、全幅が1781mm。ミトよりは大きいけれどジュリエッタより──SUVゆえ全高は高いけれど──小さくて、日本の交通環境にもぴったりとマッチしそうなサイズ感だ。

 にも関わらず、実車はわりと堂々として見える。シルエットそのものは、姉にあたるステルヴィオやトナーレの面影を残しながらルーフを低くとったようなハッチバック風。豊かに張り出した4つのフェンダーと、前後のフェンダーを滑らかにうねりながらつなぐショルダーライン、そしてボディサイドの絶妙な面構成。眺める角度によっては思いのほかグラマラスに感じられるのだ。悪くない。

 ディテールは、結構攻めてるな、と思う。例えばコの字と逆コの字を組み合わせたヘッドランプ周り。そして新しい意匠のスクデット(=盾)。そのあたりが多くの人の違和感へとつながったのかもしれない。特に三角形の中にアルファ ロメオの紋章にある大きな十字と大蛇が透かし彫りになる、このジュニアで新たに導入された“プログレッソ”と呼ばれるスクデットは、とりわけ歴史と伝統を重んじるアルフィスティから、酷評に近いような言われ様だった。

 プログレッソは高性能グレードと上級グレードのためのものだが、彼らは“レジェンダ”と名づけられたベーシックなモデル用の、三角形のメッシュの上にAlfa Romeoと筆記体の文字が刻まれる戦前のアルファのような意匠の方が気に入ってるはずだ。

 おそらくプログレッソは、アルファ ロメオが獲得を狙ってる若い世代、新しいユーザー層に向けてデザインされたものだろうと予想してるのだけど、僕のような古いタイプのファンであっても、見慣れたら“これも悪くないな”なんて思えてくるから不思議だ。

 発表直後には驚くほど議論されることの多かったスタイリングデザインだが、実車を前にしたら、写真や動画で見るよりも遙かにカッコいいと感じる。美しいかと訊ねられたら頷くことはできないけれど、やけに印象的で心に残るのだ。そして、それもまたアルファ ロメオ。“醜いジュリア”と呼ばれた初代ジュリアのセダンや、“イル・モストロ(=怪物)”というニックネームが与えられた2代目SZの例もある。今ではそれらは歴史的な名車に数えられてるのだ。

 そのスタイリングは、ステランティス・グループのモジュラー型プラットフォームであるeCMPの上に成り立っている。ジープ・アベンジャー、フィアット600eなどと共通といえば共通。そう言うと中にはなぜかガッカリする人もいるのだけど、今どきはプラットフォームやパワーユニットを共有するのなんて当たり前。それでも乗ったら一緒なんてことには絶対にならない。しかも、これはステランティスの中で最もドライビングプレジャーにこだわっている、アルファ ロメオのニューモデルなのだ。

100%電気自動車とマイルドハイブリッド車をラインアップ

アルファ ロメオ ジュニア エレットリカ 280 ヴェローチェ

 僕たちの試乗のために用意されていたのはバッテリーEVとマイルドハイブリッドからなるラインナップの中で最も高性能となる、ジュニア エレットリカ 280 ヴェローチェだったのだが、それを裏付けるかのように、骨格や足腰に予想以上の手が加えられていた。

 サスペンションのジオメトリーと構造の一部が変更され、アップライトやナックルが専用設計となり、油圧ストッパー付きのダンパーが組み込まれ、リアのトーションバーが専用品となり、車高が25mmほど低められ、アンチロールバーも強化型とされ、バッテリーEVとしてはクイックな14.6対1のステアリングギア比が採用され、フロントブレーキにはφ380の大径ディスクが驕られ……とキリがないほど。さらにとどめとして、トルセンDと呼ばれる新開発の機械式LSDが備えられている。これは2006年に147で導入したQ2システムの、トルク感応型機械式LSDのの働きを電子制御する仕組みを大幅に進化させたもので、いずれはステランティス・グループのほかのスポーツ系モデルにも採用される可能性はあるだろうが、現時点においては専用品。このヴェローチェのために開発されたものだという。

 走りを支えるもうひとつのパート、パワーユニットだが、そちらは前輪を駆動する最新の“M4+”モーターと54kWの高エネルギー密度バッテリーの組み合わせだ。280psの最高出力と345Nmの最大トルクを発揮し、5.9秒という0-100km/h加速、200km/hの最高速度、そしてWLTPサイクル334kmの航続距離を可能にしているΩ。また充電に関しては、100kWのDC急速充電機を使えば、残量10%から80%まで充電するのに30分もかからないという。

アルファ ロメオ ジュニア エレットリカ 280 ヴェローチェ

 座り心地、ホールド性ともに文句なしだったサベルト製バケットシートに身体を預けて走りはじめると、そこから先、おそらく僕はニヤニヤしっぱなしだったんじゃないか? と思う。

 この日のテストドライブは、スピードレンジが高くて路面も良好ないつもの“ミスト・アルファ”と呼ばれるコース、そしてもうひとつ、“ランゲ”と呼ばれる1周20kmほどの一般道を模したコースだった。

 このランゲは丘陵地帯にあるワインディングロードのような道が主体で、アップダウンもあれば様々な曲率のコーナーもあり、凹凸もあればうねりもあり、段差もあれば逆バンクもあり、とヴァラエティに富んだ路面とそれらの複合技もある、素晴らしいコースだ。しかも1962年にアルファ ロメオがこの地にテストコースを作って以来、開発陣以外のドライバーに足を踏み入れさせたことがなかったのだという。そこへ僕たちを招き入れて走らせるというのだから、アルファ ロメオのこのモデルに対する力の入れ方と自信のほどがうかがえるというものだ。

 いや、それは自信を持って当然だろう、と思った。最初に感銘を受けたのは、クルマがとにかく滑らかで心地よいということ。バッテリーEVは加速フィールが滑らであって当然といえば当然なのだけど、ジュニアのそれはこのクラスで最も上質と感じられるほど。

 電動パワーステアリングもよくチューニングされていて、スッと切り込んでいくときの感触が抜群にいい。サスペンションはどちらかといえば硬めではあるが、車体が強固で脚がよく働いてピッチやロールが適度に抑えられ、ドライバーに余分な動きを敷いてこない。乗り心地ははっきりと快適といえる領域にある。この乗り味の上質さは、ミトやジュリエッタのそれを遙かに上回っている。

 加速もなかなか強力だ。0-100km/h5.9秒というのは、ジュリエッタで最も速かったクアドリフォリオヴェルデよりも0.1秒速い数値。モーター駆動ならではのアクセルを踏んだ瞬間からグイと立ち上がるトルク感も手伝って、その差は数値以上に大きく感じられる。ボルボEX40 RWDモデルの5.3秒には及ばないが、充分に俊足といえるモデルであるのはたしかだ。

アルファ ロメオ ジュニア エレットリカ 280 ヴェローチェ

 それにはライバルたちより200kgほど軽い車重も好影響を与えていて、動き出しから軽快にして爽快だ。もちろんコーナーからの立ち上がり加速にも充分以上に満足がいく。

 いや、それより何よりハンドリングを賞賛するべきだろう。アルファ ロメオは社会情勢の影響で個性的な内燃エンジンを作りにくくなってから──それでもなかなか気持ちのいい内燃エンジンを作ってる方だと思うけど──は、とりわけここに大きなこだわりを見せている。

 ステルヴィオではステアリングの切りはじめから強烈な鋭さを見せて興奮させてくれたものだし、トナーレではロールがはじまった瞬間から抉り込むようにして曲がっていく痛快さで魅了させてくれた。でも、ジュニア・ヴェローチェも姉たちに負けないぐらいドラマティックだったのだ。

 何しろステアリングをスッと切り込んだ瞬間に前輪と後輪がシンクロしながらスッと反応し、オーバーステアもアンダーステアもまったく感じさせることなく、狙ったラインを外すことなくピタリとなぞっていく。

 侵入時にも脱出時にも4つのタイヤは見事に路面をとらえ続け、故意にそうしようとでもしない限り、姿勢を乱すことがない。かなりのスピードでコーナーをグイグイと曲がっているのに、ドライバーに伝わってくるフィーリングには嫌な不自然というものがない。

 トルセンDの効果がきっちりと表れてるうえに、出来映えが素晴らしくいいからだろう。おかげで曲がることが楽しい。素晴らしく気持ちいい。ステアリングを操作することそのものがエンターテインメントだと言いたいくらいに。

ジュニアは間違いなく僕の愛するアルファだ!

アルファ ロメオ ジュニア エレットリカ 280 ヴェローチェ

 アルファ ロメオはミトやジュリエッタのユーザーを想定して、このジュニアを作ったのだという。いうまでもなくデートカーとしてもファミリーカーとしても機能しなければならない。乗り心地は抜群にいいし、居住空間も荷室も充分に実用的と言えるだけのものを持ってるから、その点は綺麗に満たしてるわけだ。

 でも、走らせてみれば誰もがわかることだろう。ジュニア・ヴェローチェはただのデートカーでもファミリーカーでもない、ということを。勇ましいエンジンのサウンドが聞こえてこなくても、このクルマは徹頭徹尾、アルファ ロメオなのである。僕はこのクルマに、心をがっちりと鷲づかみにされた。

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ライタープロフィール

嶋田 智之(しまだ ともゆき)

幼い頃からのクルマ好きが高じ、まずは自動車雑誌の編集者としてメディアの世界に。1985〜1989年は「CAR MAGAZINE」、1989〜2009年は「Tipo」、2009〜2010年は「ROSSO」を担当。ティーポでは約10年編集長を、ROSSO時代は姉妹誌も含めた総編集長を務める。2011年からフリーランスの自動車ライターとしての活動を開始し、様々な専門誌誌や一般誌、WEBメディアなどに寄稿する。また自動車イベントでのトークショーのゲストとして声がかかることも多く、直近の2015年と2016年は年間30本近くに出演。編集者時代から一貫して「クルマの楽しさ」を伝え「クルマとともに過ごす人生」を提案することをポリシーとし、誌面やモニター、ステージの上からだけでなく、SNSやイベントの現場でも活発にユーザーと交流を図っている。

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