新車試乗レポート
更新日:2024.10.15 / 掲載日:2024.10.11

マツダCX-80 推しを貫く意思を問う【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●マツダ

 マツダ期待の新型車、CX-80に乗った。のっけからアレだが筆者は諸手を挙げて誉められない。ただし、だからと言って決してダメなわけではない。

 さてさて、マツダのラージプラットフォームは、第7世代戦略の主力艦である。アメリカ方面軍の戦果を左右し、ひいてはマツダの命運を握るプラットフォームという位置付けだ。北米向けはCX-70とCX-90、それぞれ2列シートと3列シート。国内のCX-60とCX-80に相当する。

 さてこのラージ群は、マツダが自らの規模を顧みず、オールブランニューのコンポーネンツにトライした意欲作である。ざっくり主力だけの話をすればディーゼルの6気筒に、電制多板クラッチを使ったトルコンレスの8段AT、これを完全に新デザインの縦置きプラットフォームに搭載し、全くの新概念で設計されたリヤマルチリンクサスペンションで走らせる。

 マツダの持てる全てを出し切った、というか正確に言えば無理して背伸びをしたエンジニアリングである。これだけの全方位開発をあの規模で良くぞやったものだ。巨人トヨタだって、こんなに全てを一新した新型車など出さない。

 だから色んなところが未成熟になっている。例えば変速はところどころショックが出る不始末はあるし、サスペンションはCX-60のデビュー以来、「突き上げ」の話がずっと渦巻いている。

CX-60では、バネ上の姿勢変化を安定させることを目的に新設計のサスペンションを投入した(マツダの資料より)

 ここから話がちょっと難しい。筆者は「あなたにとってマツダを買うってどういう意味なのか?」という問いをしたい。例えばクルマにあまり興味もなく、「なんとなくカッコいいから」でマツダを買うなら、筆者は新型車の発売後1年間はやめておけと言いたい。

 けれどもあなたが「マツダが好きだ」という人なら、こういう全方位チャレンジをしたマツダの新型に「推し活」をしないで何とする。後の世に、「マツダが技術的飛躍を遂げたのはラージの時だった。あの新技術の投入ラッシュは凄かった」という日が来るかも知れない。それを信じて「ファーストペンギン」になる誇りはあなたの一生ものになる。そしてそういうファーストペンギンの尊い人柱に助けられてマツダの製品は改善されて行く。

 いやもちろんマツダには厳しく言いたい。「それで良いと思うなよ」と。しかし、今のマツダの規模で安全圏を見越して保守的に開発をやっていたら、時代の変革スピードに着いていかれない。飛ぶしかない時は飛ぶのだ。幸いにしてマツダには甘えさせてくれるファンがいる。感謝の気持ちを忘れないのであれば、ありがたく支えてもらい、その上で一刻も早く改良を行うべき。マツダにできることはそれだけだ。ひとつ言うが、そういうファンがいる理由は彼らがちゃんとファンになれるクルマを過去に作ったからでもあるのだ。

 さて、肝心の突き上げ問題は改善されていた。のだがトレードオフが出ている。そもそも今回のリヤサスペンションはマツダが「乗り心地に関する新概念」を打ち出した全く新しいサスペンションだった。リジッドサスの様に対地キャンバー変化をさせず、車両に横揺れを起こさないことを目指した。従前の乗り心地の評価は突き上げがバロメーターだったのだが、実は横揺れの方が体への負担が大きい。そういう新しい価値観を世に問う大変革だった。

 が、マツダはその肝心な革命理論を説明せずに試乗に供した結果、ほぼ全てのジャーナリストがマツダにとっての旧基準である突き上げを指摘し「大型SUVをスポーツカーライクな乗り心地に仕上げた」と理解した。それはマツダの意図と全然違う。むしろ彼らが目指したのはトラックの素直さだ。けれども説明のチャンスを逸したことから「横揺れに着目すれば乗り心地は劇的に良い」という話は今でも全く伝わっていない。そして相変わらずわかりやすい突き上げの話にフォーカスが向かい、「ラージと言えば突き上げ」という世論ができてしまった。こうなったのは最初のボタンの掛け違いがほぼ全てである。

 もちろん誰が何と言おうと突き上げが嫌だという人はいるだろう。その人はわざわざマツダを選ばなくても良いではないか。元々は2%の人たちに心から愛されるクルマを作ると主張していたのがマツダなのだ。

 さて最初の6気筒ディーゼルマイルドハイブリッドのモデルは「剛サス」による突き上げが問題になったわけだが、その後アシの仕立てが異なる「素」のディーゼルに乗ったら、「柔サス」になって突き上げはマイルドになっていた。がしかし、引き換えにあれだけ執心していた横方向の位置決めが揺らいでいた。

 具体的には、リヤサスペンションが組み付けられているサブフレームをボディにマウントする部分のブッシュを柔らかくした。つまりここに変形代がある。リヤタイヤへの横力の入力が小さく、ブッシュの変形を招かない間は舵角に対して線形に横力が立ち上がるが、そこからブッシュが潰れて行く間はブッシュの変形によるリヤタイヤのトー変化が起きて、ステアリング操作と矛盾した動きが出る。ドライバーが体力気力充実状態で、クルマのわずかなヨーの立ち上がりを即時に検知して微舵角修正ができる間は良いが、疲れて検知が遅れ、「遅くて大きい修正」を入れてしまうと、ちょうどブッシュの変形代とぶつかって、クルマの行方がわからなくなる。

 「いやあのクルマのハンドリングは良いでしょう」という人は、多分それなりに飛ばす人だ。ブッシュが変形する領域を短時間でジャンプして、変形代が最大になって以降の所を使って走ると、本来のサスペンション設計の良い所だけが顔を出す。ラージプラットフォームがスポーツドライビングにはしっかり答えてくれるのはそういう理由だ。

 そういう非線形な動きをさせないためのリヤサスペンション設計だったはずが、突き上げ問題を政治的に拗らせた結果、設計テーマの中核部分でトレードオフを供出してしまった。そういう意味で筆者は例え突き上げがあろうが最初のコンセプチュアルなサスを支持する。

 さて、CX-80はこの最初の「剛サス」と「柔サス」の間に位置する。世の中から糾弾されていた突き上げ問題は概ね解決したと言って良いだろう。けれどもまだこのサスの本来の良さがわずかながらトレードオフになっている。譲歩の程度は「柔サス」ほどではなく、ひとつの落とし所ではあるが、目指している所が高く、本来非凡なものを秘めているはずのこの革新的なサスペンションをトー変化をがっちり抑え込めない凡庸なものにしていると思う。

 マツダのエンジニアもそれは認識しているようなので、このサブフレームブッシュの剛性チューニングは今後も続くと思われる。どこかで全ての憂いが晴れる日を筆者は首を長くして待ち望んでいる。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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