故障・修理
更新日:2019.07.23 / 掲載日:2019.07.23

フロント サスペンションの仕組み・種類・役割

フロントサスペンションはマクファーソンストラット、ダブルウィッシュボーンの2種に大別されるが、それらの中にもいくつかのバリエーションがあり、車種によって使い分けられている。

マクファーソンストラット
 1951年、フォード・コンサルで採用されて以来、マクファーソンストラットはフロントサスペンションの定番として、世界のメーカーに採用されてきた。シンプルな構造、少ないパーツ、組み付けやすさなどがフロントサスペンションの主役に躍り出た要因だ。
 コンサルに採用されたそれは、ショックアブソーバーを内蔵したストラットの上半分にスプリングをセットし、下部はパラレルリンクによってナックルとボディを接続し、さらにスタビライザーが加えられた。ほとんどキングピン角度のないレイアウトだったが、この形は今に受け継がれている。
 コイル・ダンパーユニットを用いるということではマクファーソンストラットの構造は共通しているが、コンサル以後、様々なバリエーションが作り出された。それは主にロワアームの形状で、I型アームと、前方に延びるテンションロッドの組み合わせや、テンションロッドを省いても剛性の得られるA字型、L字型などが採用された。現在はほとんどのメーカーが剛性の高いアルミ鍛造のL字型を採用している。
 変わり種としてはルノーメガーヌRSに採用されている、転舵ピボットを別に設け、ストラットが転舵軸とならないものもある。この方式だと、ストラットながら、キングピン角度の設定の自由度が上がり、キングピン角度増大によるポジティブキャンバーへの移行を防ぎ、さらにキングピンオフセットをネガティブに設定することができる。ストラットをベースにした面白い構造だが、トヨタが採用していたスーパーストラットもこれに近いものだった。
 ストラットの場合、スプリングのセットにも工夫が凝らされている。斜めにセットされるストラットはタイヤの上下によって、それを曲げる力が入力される。同軸にスプリングをセットしたのではスムーズな動きが阻害される。その要因を排除するために、スプリングシートが外側にオフセットされ、ストラットよりスプリングの傾きのほうが大きくなっている。

トヨタが1991年にカローラ・レビンに採用したスーパーストラット。ストラットは回転軸とはならず、転舵ピボットをストラットから派生したアームに設けていた。このためストラットは直立に近い状態でセットされ、動的キャンバー変化を抑制し、さらに仮想キングピン軸を立てることも可能だった。これと同じアイディアがルノーメガーヌに採り入れられている。


ダブルウィッシュボーン
 上下に配置されたアームの間にスプリングとショックアブソーバーをセットしたのがダブルウィッシュボーン。リーフスプリングに代わる主要なフロントサスペンションとして、1930年代から用いられてきたものだが、マクファーソンストラットの普及とともに一部の4WDや上級車、一部のスポーツカーに採用されるだけの少数派となっている。
 アッパーアームとロワアームの間にコイルスプリングとショックアブソーバーを斜めにセットしたもので、ダブルウィッシュボーンの原型ともいえる。上下のアームの長さやセット角度を変えることにより、自由にキャンバーを設定することができ、ピボット部分にカム機構を入れることで、簡単に調整もできる。
 近年採用しているのはマツダRX-8、マツダ・ロードスター、ホンダS2000などのスポーツカーに限られるが、いずれもコイル・ダンパーユニットをアッパーアームの上に突き出し、マクファーソンストラットと同じようにボディのフロント上部に接続している。アームの形状は、アッパーアームはA型、ロワアームはL型となっている。
 ロワアームよりアッパーアームが短く、タイヤがバンプした時にネガティブキャンバーとなるように設定される。またそれを強調するためにアッパーアームに上反角を付ける例もある。

マクファーソンストラットとハイマウントアッパーアーム型ダブルウィッシュボーンの比較。マクファーソンストラットはキングピン角度を寝かせてもネガティブオフセットにすることが難しく、ハイマウントアッパーアーム型ダブルウィッシュボーンでは、キングピン角度を立てたまま、ネガティブオフセットに設定できる。これによってスタビリティが向上し、アンダーステアを軽減できる。


ハイマウントアッパーアーム
 ホンダによって開発されたハイマウントアッパーアーム方式のダブルウィッシュボーンは、少数派であったダブルウィッシュボーンを再び陽の当たる場所に引っ張り出した。ロワアームはL型、もしくはA型で、ナックルの下部が接続される。コンベンショナルなダブルウィッシュボーンと大きく異なるのはナックルの上部だ。延長されたナックルは長いアームとなって上部に延び、タイヤの上側でアッパーアームに接続される。
 歴史の項でも触れたが、この方式が開発されのは1982年で、2代目プレリュードのフロントボンネットを低くしたいというデザイン部門からの要求に応えたものだが、その優れたレイアウトによって、多くのメーカーに採用されるようになった。
 ハイマウントダブルウィッシュボーンの大きな特徴は、上側のピボット位置をタイヤに近づけることができ、それに伴ってキングピン角度を立てることができる。キングピン角度が少ないと転舵した時にポジティブキャンバーになりにくく、さらにキングピン軸をタイヤに近づけることによって、タイヤの接地中心点と、キングピン軸が路面と交わる点との距離が短くなり、キングピン軸回りに発生する回転トルクが少なくなる。これによってタイヤが外力を受けた時の安定性が向上する。

トヨタ・レクサスに採用された2ピボット方式のアッパーアーム。ロワアームに採用されることはあるが、アッパーアームに採用する例は少ない。仮想のピボット位置を外側に移動することが可能で、キングピン軸の設定の幅が広がる。


マクファーソンストラットとダブルウィッシュボーンの両方の利点を採り入れたプリーメーラのマルチリンク。剛性が高く、ジオメトリー設定の自由度も高い。

マルチリンク
 ハイマウントアッパーアーム方式ダブルウィッシュボーンは、どのメーカーのものも基本的なレイアウトは同じだが、パーツの呼称が異なる。元祖のホンダではアッパーアームとナックルをつなぐアームを単にナックルと呼び、ナックルの上部を延長したものとしている。これに対し、ニッサンではサードリンクという。このようなパーツのとらえ方によって、ハイマウントアッパーアーム方式ダブルウィッシュボーンはマルチリンク式ともいわれる。マルチリンクの中には、ニッサンのようにサードリンクを第3のアームととらえるのではなく、A字型に配置するロワアームを2本にしたものもある。
 ロワアームを2本にした目的はナックル側のピボット位置を自由に設定できるからだ。アームとアームの交わる点はナックルにボルト留めされた位置ではなく、さらにタイヤ側の仮想点となる。これによってキングピン軸をよりタイヤ側に近づけることができる。
 ハイマウントアッパーアーム側でも同様に一体ではなく、2本に分割して、仮想のピボット位置をタイヤ側に出したレクサスLSのような例もある。日産プリメーラには古典的なダブルウィッシュボーンとストラットの折衷のようなマルチリンクが採用されている。

ハイマウントアッパーアームのバリエーション
 プジョー407にはユニークなサスペンションが採用されている。基本レイアウトはハイマウントアッパーアーム方式ダブルウィッシュボーンだが、上側の転舵ポイントはアッパーアームにはなく、ナックルの中間にそれが設けられている。
 タイヤが上下した時のキャンバー、キャスターはハイマウントアッパーアーム式サスペンションと変わらないが、転舵軸はキングピン角が立ち、よりタイヤに近いものとなり、キングピン軸回りの回転モーメントを減らすことに貢献している。

乗り心地を向上させるだけでなく、操縦性やスタビリティを司っているサスペンションには様々なジオメトリーが採り入れられている。それは静止時を基本にしながら、タイヤが動いた時も最適な数値を保つように設定される。

サスペンションが動くとタイヤの角度が変化する。サスペンションはタイヤを常に最適に接地させるためにレイアウトされている。

 メーカーのポリシーや、車種に合わせて最適な形式のサスペンションが選択されるが、サスペンションに装着されたタイヤや、その回転軸にはいろいろな角度が付けられている。それはタイヤを路面に適正に接地させたり、直進性や安定性を良くし、さらにステアリングに自立安定性を持たせるためだ。またステアリングの感覚を良くするような微妙な味付けも行われている。
 タイヤを後ろや前から見た時の傾きがキャンバー。上が開いているものがポジティブキャンバー、下が開いているものがネガティブキャンバー。ポジティブキャンバーが付いていると、クルマがロールした時にさらにそれが助長され、接地性が低下する。ネガティブキャンバーだと、クルマがロールしても接地性が損なわれにくい。しかしサスペンションの多くはロールによって対車体キャンバーがネガティブ側に移行するようにできている。
 タイヤを上から見たときの開き/閉じ具合がトー。進行方向に向かって閉じているものがトーイン、開いているものがトーアウト。古い時代のクルマは直進性を確保するために多めのトーインが付けられていたが、今では1mm前後のものが多い。
 この他にキャスター、キングピン角がある。タイヤはこれらが作り出す仮想軸で転舵される。それらの角度の設定によって接地性やステアフィール、スタビリティが制御される。あらゆる路面状況で接地性能を最大に発揮できるよう、個々のクルマに合わせて数値が決定される。

タイヤが上下するとアライメントも変化する。図はトヨタFR車のフロントタイヤの例だが、バウンドするとキャンバーはネガティブに、トーはアウトに変わる。コーナリングに入ってクルマがロールした時に、外側タイヤの接地面積変化を抑え、急な切れ込みも防ぐ設定だ。


フロントタイヤに付けられた様々なアライメント。外からは見えないこのようなジオメトリーによって、タイヤはあらゆる走行状況で最適な接地を行う。

トー
 タイヤを上から見た時の閉じ具合(開き具合)をトーという。ハの字型で前が狭いものをトーイン、反対に後ろが狭いものをトーアウトという。最近のクルマのフロントの多くは静止状態で1mmから0mmくらいに設定されている。直進性やハンドリングに大きくかかわっている重要なアライメント要素だ。

タイヤを上から見た時の整列具合をトーという。ハの字型で前が狭いものをトーイン、反対に後ろが狭いものをトーアウトという。直進性やハンドリングに大きくかかわっている重要なアライメント要素だ。トーインはクルマを安定側に導く特性を持つ。最近のクルマの多くは静止状態で1mmから0mmくらいに設定されている。前が広がっているのがトーアウト。このような設定のクルマはほとんどない。


キャンバー
 タイヤとホイールを前から(あるいは後ろから)見た時に、その中心線が路面に対して立っている角度がキャンバー。タイヤを路面に最適な状態で接地させるには、コーナリング時などあらゆる走行状態で最適な対地キャンバーが要求される。
 クルマがロールしてもタイヤは傾かず、路面に対して垂直に保たれるのが理想的だ。このため、ロールが深くなるにつれ、対車体キャンバーが変化するようなサスペンションが設計される。ストラットはこの点、やや不利だが、ダブルウィッシュボーンの自由度は高い。
 ダブルウィッシュボーンの場合、上下のアームの長さを変えることで容易にキャンバー変化を発生させることができる。上部のアームを下部のアームより短くすれば、タイヤがバンプした時にネガティブキャンバーが多くなり、上下のアームの長さが同一ならキャンバー変化は起こらない。
 静止状態でタイヤの下側が広がっているのがネガティブキャンバー。実際は見て分かるほど極端に開いているわけではなく、最近のクルマの多くは0度から3度の範囲にある。
 タイヤの上側が広がっているものがポジティブキャンバー。現代のサスペンションではほとんど採用されていないジオメトリーだ。

タイヤとホイールを前から(あるいは後ろから)見た時に、路面に対して立っている角度をキャンバーという。タイヤをしっかり路面に接地させるにはあらゆる走行状態で最適な対地キャンバーが要求される。クルマの前から見て、下側が広がっているものがネガティブキャンバー。タイヤの上側が広がっているものがポジティブキャンバー。実際はこのように極端に開いたり閉じたりしているわけではなく、0度から3度の範囲にある。

キングピン軸を横から見た時の傾きをキャスターという。直進性を増したり、ステアリングに自動的に戻る力を与える重要な要素。タイヤの接地中心とキャスター軸が路面と交わる点との距離をキャスタートレールという。

キャスター
 フロントタイヤにはそれを支える回転軸がある。古い形式のサスペンションでは実際にキングピンが存在したが、今のサスペンションにはない。その回転軸を真横から見た時の傾きがキャスター。直進性や転舵時の感覚にかかわっている。
 キャスター角度は後ろに傾いている。ステアリングに直進性を与え、さらにステアリングを切った時に直進状態に戻る力を発生させるためだ。タイヤと路面の接地中心点よりキャスターを延長した仮想の接地点のほうが前にある。このずれをキャスタートレールという。これがあることによってタイヤが方向を変えた時、自動的に直進状態にもどろうとする力が発生する。
 キャスターはクルマによって角度が異なり、キャスタートレールの距離も異なる。ホイールの中心(スピンドルの中心)より後方にキャスターを設定するもの、前方に設定するもの、そしてそれらの中には個々のクルマに合わせて様々な角度が設定される。キャスター角度が多いと直進性やハンドルの戻る力は強くなるが、転舵が進むとキャンバー変化が強くなる。このため、キャスタートレールを多くしながらキャスター角を立てることのできる、キャスターをスピンドル中心より前に設定するナッハラウフも用いられる。

リアサスペンションの仕組み・種類・役割

フロントに追従するリアサスペンションだが、ハンドリングやスタビリティに大きな影響を与える。これまでに様々な方式が考案され、FF、FR、そして車種に合わせた最適なものが選択されてきた。

リアサスペンションの役割

かつてのリアサスペンションはフロントに追従するだけだったが、現在は明確な目的を持ってジオメトリーが設定される。様々な形式のサスペンションが車種に合わせて設計される。

 フロントサスペンションは転舵を伴い、複雑な動きをし、それがクルマの操縦性に大きく関わる。どのような状況でもタイヤを正常に接地させるために、様々なジオメトリーが採り入れられているのは前項で説明した。それに対し、リアサスペンションは転舵を伴わないので、比較的ジオメトリーの点では自由な位置に置かれてきた。
 そのため板バネがリアサスペンションの長い間の定番レイアウトだった。しかしクルマの性能向上とともに、ハンドリングだけでなく、スタビリティも要求されるようになると、タイヤの接地性を向上させるために左右独立したサスペンションが考案され、それらがスイングアームやセミトレーリングアームとして実用化された。
 スイングアームは左右独立して動き、一方のタイヤのバンプやリバウンドに対して、もう一方のタイヤが、その動きの影響を受けないという点では優れたものだったが、車体の上下に伴ってキャンバーとトレッドが変化するという大きな欠点を持っていた。細いタイヤが使われていた時代には、この欠点は見逃されていたが、タイヤが太くなるとともに、この方式は姿を消す。
 セミトレーリングアームにも同様のことがいえる。先進のデザインとしてBMWによって開発されたセミトレーリングアームだが、タイヤに横力が入った時にトーアウトとなる特性があり、その後に開発されたマルチリンクに主役の座を譲る。現在では、あらゆる路面で太いタイヤを適正に接地させ、さらにタイヤに横力や前後力が入った時に、トーを安定側に変化させる様々な型式が採用されている。
 FF車に多いのが左右をビームで結合したトレーリングアーム、左右が独立したトレーリングアームの2種。上級車では複数のリンクを組み合わせたマルチリンクが使用される。ダブルウィッシュボーンはホンダS2000、ホンダNS-X、マツダロードスターなどに使用されているコンベンショナルな形式のものの他、ハイアッパーマウントを採用したものもある。
 ジオメトリーの点でフロントサスペンションより自由な位置にあるとはいえ、リアサスペンションもまた高い接地性を得るために、最良のハンドリングを求めてレイアウトされる。トー、キャンバー、キャスターはフロントサスペンションと同様に設定されるが、フロントサスペンションと大きく異なっているのはトーの制御に大きな比率が置かれていることだ。
 例えばコーナリング中にリアタイヤのトーがアウト側に変化するとオーバーステアになり、イン側に変化すると安定側に変化するが、フロントサスペンションの接地性が低いクルマではアンダーステアとなる。過去には、タイヤがバンプするとトーアウトになるようなジオメトリーを採用し、アンダーステアを押さえるサスペンションも設計され、またコーナリングの初期にトーアウトにして回転性を高め、クルマの向きが変わり始めるとトーインにして安定性を高めるサスペンションも考案された。しかし、タイヤの進化、フロントサスペンションの進化による接地性の向上で、このような不安定要素をわざわざ採り入れる必要はなくなり、コーナリング中にトーインとなるような設定が既定のものとなっている。

リアサスペンションの種類と仕組み

 フロントサスペンションはマクファーソンストラットとダブルウィッシュボーンの2種に集約され、ダブルウィシュボーンから分化したものとしてハイマウントダブルウィッシュボーン、マルチリンクがある。しかし、リアサスペンションは様々な形式が過去に考案され、現在もメーカーによって独自の方式が多数採用されている。

トレーリングアームの中間にアクスルビームを配置したトーションビーム式サスペンション。コンパクトなFF車でもっとも多く採用されている方式だ。

 フロントサスペンションはマクファーソンストラットとダブルウィッシュボーンの2種に集約され、ダブルウィシュボーンから分化したものとしてハイマウントダブルウィッシュボーン、マルチリンクがある。しかし、リアサスペンションは様々な形式が過去に考案され、現在もメーカーによって独自の方式が多数採用されている。

トーションビーム式はシンプルな構造ながらビームが捻れるため、半独立に近いアライメント変化が起こる。同位相ではキャンバーは変化しないが、左右が逆に位相すると接地性を向上させる方向にキャンバーが変化する。

・トレーリングアーム
 ボディ側ピボットからアームを後方に延ばし、その先端にコイルスプリングとショックアブソーバーをセットする。スプリングとショックアブソーバーは別々に設置されるタイプとユニットとして一体でセットされるものもある。
 トレーリングアームの中間は、剛性を高めるためにパイプ状、あるいはU字型断面のビームで連結される。このタイプは左右が固定されるため、リジッドアクスルに分類されるが、トレーリングアームとビームは入力によって捻れも生じ、半独立のような性格も併せ持つ。コンパクトなFF車に多く用いられ、リアサスペンションの主流となっている。
 この方式の大きな特徴はシンプルなパッシブトーコントロール機能を持っていることだ。タイヤに横力が入るとブッシュのたわみによってビームがコーナリング方向に変位する。これによってタイヤにもトーインが付き、コーナリングフォースが向上し、安定したコーナリングが可能になる。
 このようなパッシブコントロールの概念は初期の自動車にはなかったものだ。最初にトーの動的な動きに注目したのはポルシェだった。1977年に発表されたポルシェ928のリアサスペンションは平凡なセミトレーリングアームのように見えて、じつはそれを支えるボディ側のブッシュに工夫が凝らされていた。ハイスピードから制動に入るとタイヤには前から後ろへと押す力が入る。通常のブッシュではタイヤを開く力に変換されて、トーアウトとなってしまうが、928のそれはタイヤを内側へ向けるようになっていた。トーインはコーナリング時だけでなく、制動時にもクルマを安定側へと導く。
 ハイスピードでコーナリング中にアクセルをオフしても同じような力がタイヤに働く。ここでトーアウトに変化すると急激なオーバーステアとなってドライバーを混乱させる。反対にトーインになればコーナリングフォースが増しクルマを安定させる。
 バイザッハアクスルと名付けられたトーコントロールの概念はたちまち世界の自動車メーカーの注目するところとなり、国内では日産がHICASという凝ったメカニズムのサスペンションを開発し、マツダはRX-7にリンクを多用したトーコントールサスペンションを採用した。

トーションビーム式はトレーリングアームの取付部のブッシュを、横力が入った時に変位するようにしているものが多い。これによって、コーナリング時にはトレーリングアームがトーイン方向へ変位し、安定性を向上させる。


日産がプリメーラなどのFF車に採用しているマルチリンクビーム式サスペンション。トレーリングアームとビーム、ラテラルリンクという組み合わせは一般的だが、ラテラルリンクの中間にコントロールロッドが組み合わされる。これによってタイヤのスカッフが抑えられる。


 ブッシュに工夫を凝らさなくてもパッシブトーコントロールが可能なトレーリング式サスペンションも存在する。それが、左右のタイヤを結ぶアクスルを自由に捻ることができるようにしたトーションビーム式と総称されるものだ。両方のタイヤが上下するとビームには捻る力が加わらず、トー変化は起こらない。一方のタイヤだけが上下するとビームが捻られ、左右のトレーリングアームの長さに相対的な変化が生じる。これがトー変化を生み出す。
 たとえばコーナリングに入り、外側のタイヤがバンプすると、トレーリングアームの相対的な長さは内側のそれより短くなり、ビームアクスル全体がコーナリング方向を向き、外側タイヤにはトーインが、内側タイヤにはトーアウトが付き、全体でコーナリングフォースを増す方向に力が働く。日産が一部のFF車に採用するマルチリンクビーム式はラテラルリンクに短いコントロールロッドを加えたもので、これによって、アクスルが上下した時の左右の動きが規制され、タイヤのスカッフ変化が抑制される。
 トレーリングアームには変わり種も存在する。それがメルセデスAクラスに採用されているスフェリカル・パラボリック・リヤアクスルだ。球状放物線形リヤアクスルとでもいえばいいのだろうか。トレーリングアームとビームが一体になり、放物線を描くような形状になっている。ビームのピボット位置は中央の一カ所のみで、左右の位置決めは後部に設けられたワッツリンクで行われる。ほほ完成の域に達したように見えるサスペンションにも、まだまだ新しいアイディアが入り込む余地を示したということでは興味深い。

・ストラット
 ダンパー/コイルユニットとロワアームを組み合わせるストラットも少数ながら採用されている。フロントサスペンション場合、アルミ鍛造のL型ロワアームが使用される例が多いが、FF車や4WD車のリヤサスペンションではパラレルリンクを用い、テンションロッドで前後力を支える方式が採られる例が多い。
 ストラットはジオメトリーの調整範囲が狭いが、パラレルリンクの前後の長さを変えることによってパッシブトーコントロールが可能で、さらに静止状態でパラレルリンクに下反角を付けることによって、タイヤがバンプした時に水平位置までネガティブキャンバーに移行させることもできる。

・ダブルウィッシュボーン
 2対のアームを対称的に配置したダブルウィッシュボーンはFF車では使用されることは少ない。コイル/ダンパーユニットに複数のリンクを組み合わせたものが主流で、ホンダ・アコードには5リンク式のダブルウィッシュボーンが採用されている。このように複数のリンクを用いるとマルチリンクとの区別があいまいになり、フロントサスペンションと同様におおまかな分類にせざるをえなくなる。
 複数のリンクを持つ利点は走行状況に応じたきめ細かいキャンバー制御とトーコントロールにある。アッパーアームを短く、ロワアームを長くすると、タイヤがバンプした時にネガティブキャンバーが発生する。コーナリング時にロールが発生した時にはクルマを安定側へと導く。二対のロワアームのボディ側のブッシュの変位特性を左右で変えることによって、タイヤに横力が入った場合、トーのパッシブ制御が可能になる。
 これもコーナリング時には外側タイヤにトーインが付き、内側タイヤはトーアウトとなり、コーナリングフォースを増す方向に働く。ブレーキ力が入った場合は前後力を制御するリンクの働きと、ロワアームのブッシュ特性によってトーインとなり、ブレーキ時や、タイヤが突起に乗り上げたり、大きな抵抗が発生した場合に有利になる。
 ホンダ・シビックが採用するのはトレーリングアームと位置づけることもできるが、上下に一対のアームを持つことからダブルウィッシュボーンの一部と分類することもできる。高い剛性を持つ径の太いトレーリングアームがナックルの下部に接続され、アームの末端には鋼板製の長いロワプレートがラテラル方向にセットされる。ナックルの上部はアッパーリンクによってボディに接続される。
 この方式は横力がタイヤに加わってもトー変化は起こらないが、ブレーキ力がタイヤに加わると、ブッシュのたわみによってトレーリングアームが後方に移動し、それに伴ってトーインとなる。ポルシェのバイザッハアクスルと同じ発想のものだ。

ラテラルリンクをトーションビームの後方に配置すると、タイヤに横力が入った時にビームをトーイン方向へと動かす力となる。FF車のサスペンションは従うだけだが、トーの制御は最重要項目だ。

ホンダのシビック系には一見トレーリングアームのようなダブルウィッシュボーンが採用されている。タイヤに後ろ側への力が入るとロワプレートがたわみ、それに伴ってトレーリングアームも後退し、タイヤはトーインとなる。

これはポルシェが928に採用したバイザッハアクスルそのものだ。プレートのたわみによってトレーリングアームがブッシュの変位量の中で内側へと後退し、トーインとなる。アクセルオフ時のタックインには効果的だ。

メルセデスAクラス採用されている変わり種がこれ。スフェリカル・パラボリック・スプリング・リヤアクスルとネーミングされている。ビームアクスルにワッツリンクが組み合わされ、シンプルな形状ながら独立に近い接地性が得られる。

FR/4WD車のサスペンション
 後輪を駆動するFR車や4WD車はFFとは異なった方式のサスペンションを採用する。高い剛性を求められることや、ディファレンシャルとドライブシャフトのスペースを確保しなければならないといった条件による。ディファレンシャルと一体になったリジッドアクスルが長い間使われたが、1961年、BMWがセミトレーリングアームを開発し、BMW1500に搭載して以来、FR車のリアサスペンションの定番となった。
 タイヤがバンプするとネガティブキャンバーとなり、静止状態ではアームの下反角を調整することで、キャンバー、トーの設定ができるなど、リジッドアクスルに比べて多くの利点を持っていた。国産車では1967年に日産ブルーバード510がいち早く採り入れた。しかし、クルマの性能が向上し、高速で走る機会が増えるとセミトレーリングアームの欠点も表れた。それは横力が入った時にトーアウトになりやすいことだった。現在のサスペンション技術からみれば、一番問題にしなければならない部分だった。
 セミトレーリングアーム全盛の時代は1980年代まで続いたが、1982年にメルセデス・ベンツ190Eのリアサスペンションにマルチリンク方式が採用されると、世界の趨勢はどっとマルチリンクに流れる。サブフレームの数カ所をブッシュに介してボディに固定し、サブフレームには複数のリンクを付けてサスペンションを支える。剛性が高く、しかも振動をボディに伝えにくく、対ハーシュネスにも優れているという理想のサスペンションが出現したのだった。現在は多くのFR車、4WD車がこの方式を採用し、一部のスポーツカーにはコンベンショナルなダブルウィッシュボーンが採用され、少数ながらストラットも用いられている。

サブフレームとアッパーIアームで構成された4WDのリアサスペンション。ロワアームのブッシュは入力によってたわみ、ブレーキング時にトーインとなる。現在のリアサスペンションは形式にかかわらず、このようなジオメトリーを採用している。

・マルチリンク
 複数のリンクを持つサスペンションを総称していうが、メルセデス・ベンツ190Eに採用されたサスペションのアイデアをベースにしたものが多い。ロワリンクとアッパーリンクがサブフレームに接続され、さらにラジアスロッドが加えられているものが多い。そのレイアウトは多岐にわたり、各メーカーのサスペンションエンジニアが最適なタイヤの接地性を追求してデザインしている。
 共通しているのはタイヤがバンプした時にネガティブキャンバーとトーインになり、タイヤに横力が入った時にトーインになるように設定されていることだ。サスペンションの形式が異なっても、タイヤを最大に接地させ、さらにコーナリング時にクルマを安定側に導き、そしてブレーキをかけたり、タイヤに大きな抵抗があった場合にトーインとして不安定な要素から回避するという基本は変わらない。

複数のリンクを組み合わせたマルチリンク方式のリアサスペンション。各アームはそれぞれ異なった方向に動くが、それが融合されて最適なタイヤの接地が得られるジオメトリーとなる。

アッパーアームにA型のリンクを採用したダブルウィッシュボーン。ロワにパラレルリンクの他に前後力を受け止めるラジアスロッドが追加される。全てのアームはサブフレームに装着され、剛性と快適性を両立させている。

・ストラット
 FRや4WDに用いられるストラットは基本的にFFのそれと共通のレイアウトを持つ。ロワアームにはパラレルリンクを使用し、前後力の制御にはテンションロッドを加える。

リアサスペンションのジオメトリー
 フロントタイヤに追従するだけに見えるリアサスペンションだが、フロントサスペンションと同様にリアサスペンションにも適正なジオメトリーが設定されている。それはキャンバーであり、トーであり、そして直接、転舵とは関わらないがキャスターも設定され、仮想のキングピン軸も存在する。

・キャスター
 ナックル部のアッパーアームのピボット位置と、ロワアームのピボット位置の中心を結んだ線がキャスターとなる。キャスターはキャスタートレールを生み出し、直進性を向上させる。

・キングピン角度
 フロントサスペンションではキングピン角度は重要な意味を持つ。路面に対して寝ていると、転舵した時に外側タイヤにポジティブキャンバーが付き、タイヤの接地性を低下させる。しかし、リアサスペンションでは転舵という要素はないから、キングピン角度はもっぱらキングピンオフセットを左右する要素ということになる。
 キングピン角度が寝ていると、仮想のキングピン軸の延長線が路面と交わる点が、タイヤの中心点より外側に位置することになり、タイヤに後ろ向きの力が加わった時にトーインとなる力が働き、クルマを安定させる。マルチリンク式では、サスペンションアームのピボット位置をよりタイヤに近づけることができるので、キングピン角度を立てた状態でも、キングピンオフセットはマイナスとなる。

・キャンバー
 アームのレイアウトによって、クルマがロールした時にキャンバー変化が表れるように設定されているが、イニシャルでも、そのクルマに合わせて、最適なキャンバーが設定される。最近のクルマではネガティブ寄りに設定されることが多く、特に高出力車では、スタビリティを向上させるために、多めに設定する例が多い。

複数のアームによって構成されているマツダRX-8のリアサスペンション。一見ダブルウィッシュボーンのようだが、各リンクは独自のピボットを持ち、タイヤへの横力、ブレーキ力によってトーインとなるように設定されている。


一見ストラットやマルチリンクのようだが、ロッドによって構成されたダブルウィッシュボーン。横力、前後力によってトーも制御される。

・トーイン
 トーインはフロントタイヤだけのものではない。リアサスペンションでもイニシャルトーをゼロからマイナス寄りに設定する。直進性を向上させる他、タイヤにコーナリングフォースを発生させ、クルマを安定させる働きを持っている。高性能車ではその傾向が強く、マイナス3°前後に設定される。
 

・アンチリフト/スクワットジオメトリー
 リアサスペンションには、減速した時にリアが持ち上がるのを抑えるアンチリフトジオメトリーと、加速した特にリアが沈み込むのを抑えるアンチスクワットジオメトリーも採用されている。減速した時にリアが持ち上がるのは、慣性力によって車両の重量が前に移動し、リアの荷重が減少することによるもので、加速時にリアが沈むのは、同様な慣性力で荷重が後部に移動し、リアの荷重が増すことによる。
 アンチリフトジオメトリーは、サスペンションアームとタイヤの接地点からの延長線が交わる幾何学的交点の位置を路面より高く設定することで成立し、アンチスクワットジオメトリーも交点を車軸中心よりも高い位置に設定することで効果を表す。

トヨタのRV系4WDには長いトレーリングアームを持ったダブルウィッシュボーンが採用されている。アッパーアームはシンプルな鍛造のI型で、スプリングは低い位置にセットされる。

アームの最適配置によって、タイヤがバウンドした時はネガティブキャンバーとトーインになり、車両を安定させる側へとアライメントが変化する。

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グーネットピット編集部

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グーネットピット編集部

車検・点検、オイル交換、修理・塗装・板金、パーツ持ち込み取り付けなどのメンテナンス記事を制作している、
自動車整備に関するプロ集団です。愛車の整備の仕方にお困りの方々の手助けになれればと考えています。

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